ミリアム・ウェレ博士からの近況報告(第1回野口英世アフリカ賞医療活動分野受賞者)2019年

2015年時点での近況報告はこちら:野口英世アフリカ賞ニュースレター第11号

近況報告

ミリアム・ウェレ博士第1回野口英世アフリカ賞授賞式は2008年に行われ、私は医療活動分野で受賞しました。これは受賞当時、そして今日に至るまで、私にとって強烈な経験となりました。真の意味で強烈であるためには、受賞者個人以外の人々にも賞が認知される必要がありますが、実際に受賞以降の経験を通じ、私はこの賞が認知を得ていることを実感しました。

1.国際的な認知

a) エイズのない世代を実現するためのチャンピオン (Champions for An AIDS-Free Generation in Africa。以下「チャンピオン」)

このグループの中心は、国家レベルでのHIV/AIDS対策への政策動員・国家予算の投入のための提唱を行うアフリカ諸国の首脳達です。ボツワナの元大統領であり、「チャンピオン」の初代議長であるフェスタス・モハエ閣下(H.E. Festus Mogae)が、私に「チャンピオン」に加わるようお誘いくださったのは、ケニア国家エイズ対策委員会(NACC)での実績と、野口英世アフリカ賞を受賞したことが理由でした。今日まで、私はこのグループのメンバーとして、アフリカ諸国の首脳達とお会いする機会に恵まれました。最近では、2018年6月に南アフリカを訪れました。

b) ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)ムーブメントにおける重要な役割

2015年の「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の採択前から、その後に至るまで、私は保健推進へのコミュニティ参画運動に携わり、またその主要な推進者の一人として知られてきました。この問題に関する私の考えは、「コミュニティで実現できなければ、実現しない」です。私は東京で開催されたUHCフォーラム2017に講演者として参加したほか、意思決定に関するサイドイベントにも参加しました。UHCムーブメントの主な成果の一つが、母子保健を改善するグローバル・ツールとしての母子手帳ムーブメントです。私は、中村安秀教授が率いる国際母子手帳委員会の委員でもあります。母子手帳国際会議は、アフリカでは2012年にケニアで初めて開催され、2015年にはアフリカで2回目となる同会議がカメルーンで開催されました。そこで私が掲げたスローガンは、「アフリカのすべての母子の健康を改善できれば、すべてのアフリカ人の健康を改善できる」でした。2018年11月、私はバンコクで開催された第11回母子手帳国際会議に出席し、基調演説と閉会の挨拶を行いました。同会議には秋篠宮妃紀子さまも御臨席されました。

2.国内での認知

a) ケニア政府はコミュニティヘルスの重要性を認め、2011年、コミュニティヘルスのための大使レベルの役職を創設しました。「コミュニティで実現できなければ、実現しない。コミュニティで実現できれば、国全体で実現できる。」というスローガンの下進めてきた、コミュニティアプローチによる国全体の保健増進への貢献が認められ、私は初のコミュニティヘルス戦略親善大使に任命されました。コミュニティアプローチによって、UHCの実現に向けてケニアで進行していた取り組みがさらに活性化しました。現在、私はケニア保健省コミュニティヘルス推進課の顧問を務めているほか、教会のコミュニティ推進活動や女性の小額資金調達グループ「チャマ(Chamas)」にも参加しています。私が2003年から2008年まで会長を務めたアフリカ医療研究財団(AMREF)により、現在進められている大陸規模の啓蒙活動および技術指導は、目標期限までにアフリカ全土でUHCを実現させることを目指しています。

 

b) 保健分野を超えた社会的認知を得たことで、私は国による開発の取り組みにさらに関わるようになりました。中でも大きかったのは、2013年にケニア・モイ大学の総長に就任したことです。大規模な公立大学の総長に女性が就任するのは初めてでした。総長は大学の組織の中で最高の職位であり、これにより私は幅広く学生、特に保健科学部の学生や博士号を授与された者と交流できるようになりました。

アフリカで活動する次世代の医学者たちへのメッセージ

アフリカで勇気づけられる出来事の一つは、医療、保健に関する研究が多く行われていることです。そして、このような研究の多くは、若い医学者や保健科学者により行われています。次世代の医学者たちと、私は以下のような考えを共有したいと思います。

1.皆さんの取り組みに心から感謝します!

皆さんの多くは、アフリカにおいて、エボラ出血熱、HIV/AIDS、顧みられない感染病、リプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)、新生児学といった医療、保健の様々な分野ですばらしい仕事をしています。その多くは、充実した設備で実施されているとは言えず、機器も適切なものが使えないなど、困難な状況で行われています。このような困難にも関わらず、また、それが一般に十分に認識されていないにも関わらず、皆さんは自分たちの仕事の重要性、そして、自身の人生におけるその仕事の重要性を理解し、前に進み続けています。その絶え間ない努力に心から感謝します。ありがとう。

2. 独立の時代に成し遂げられた偉業があります!

アフリカの保健分野に目を向けるとき、ともすると現在の保健・医療の課題で頭がいっぱいになりがちです。これは間違ったことではありませんが、アフリカ諸国が独立を達成し始めた1950年代後半以降の時期に、アフリカで活動していた医学者や研究者たちによって多くの偉業が成し遂げられたことを忘れないようにしましょう。このような科学者たちの中には、野口英世アフリカ賞の受賞者もいます。これまで、マラリア予防・対策、HIV/AIDS、青少年のリプロダクティブ・ヘルス、コミュニティによる地域医療の改善の推進等で、目覚ましい進歩が見られました。コミュニティとの活動には、保健分野におけるコミュニティの取り組みの重要性を実証することも含まれます。このことはこのUHCの時代において、これまでにも増して重要なことです。また、コミュニティとの活動においては、医療サービスの提供が機械的で人間味のないものにならないよう、サービスの提供における「ケア(人としての配慮)」の要素を取り戻すことも含まれます。これらの取り組みすべてが、長い時間をかけてアフリカにおける健康の改善に貢献してきました。ですから、今日、皆さんのようにアフリカで活動する若い医学者、研究者が日々取り組んでいることも、今はその成果が見えなくても、現在あるいは未来において、誰かの保健の改善に貢献する、大きな意味を持つものなのです。勇気を持って前に進み続けてください!

3.なおアフリカの保健改善のために取り組むべき課題は多い

2006年に野口英世アフリカ賞を設立した際、日本政府は、アフリカは感染症の蔓延という脅威に最も深刻に直面する地域であるという認識を示しました。その後、エボラ出血熱が蔓延し、この認識が正しいことが示されました。このような脅威は、保健のあらゆる領域にまたがって見られます。サブサハラ・アフリカに暮らす人々は、世界人口の10%程度にすぎませんが、世界の罹患者の25%がこの地域に集中しています。アフリカの人々の保健と福祉を改善するため、これまでの医療・保健に関する研究、サービスを継続するとともに、さらに踏み込んだ取り組みを行う必要があります。特に継続して強力な取り組みを進めなければならない分野には、以下のようなものがあります:

a) 公的な医療システムとコミュニティをつなぐ

一部の隔離された都市部で保健を改善しても、国全体では混沌とした状況が続くことは、既に指摘されてきたとおりです。コミュニティで実現できなければ、実現しないのです!コミュニティで実現できれば、国全体で実現できます。研究者個人が自身の研究分野においてコミュニティレベルで関与する方法としては、コミュニティヘルス・ワーカー(個人あるいはグループ)と協力すること、彼らの職場のコミュニティを訪問して経験を共有することなどが挙げられます。このような方法をとることで、アフリカで活動する若い科学者は、自分たちの研究活動がコミュニティレベルでどのような価値を持つのか、理解を深めることができます。

b) 個人の研究を大局的な視点から捉える

本質的に研究とは、特定の課題やテーマに対する研究者の強く深い興味から始まるものです。そのため、世界の他のことは忘れがちになり、大局的な視点を見失うことも珍しくありません。孤立主義的な視点を克服することは重要です。このような孤立主義的な傾向を克服する方法の例として、自身の研究が、その分野で過去に行われた研究の成果に基づいていることを認識することが挙げられます。もう一つ別の方法は、研究成果が国・地域レベルでの保健政策の策定や実践にどの程度活用されているかを知ることです。残念なことに、この課題はほとんど注目されておらず、アフリカの保健を変革し得る研究成果の多くは、研究室等の棚で眠ったままになっています。若い医学者、保健科学者であるあなたたちには、自らの研究成果が棚に眠ったままにならないようにしていただきたいと思います。それが世の中の標準となるまで、過去の研究成果が政策や実践に反映されるよう働きかけ続けましょう。

c) 保健に関する仕事すべてにおいて、思いやりを持ちましょう

保健に関する仕事については世界中で書かれていますが、対象が人であることを忘れ、「腎臓に関する症例」、「心臓に関する症例」等としている専門家が多くいます。健康の問題は腎臓にしか見られなかったとしても、その問題は、その人全体に影響するのです!健康の問題にのみ焦点を当てることで、相手が人間であるという事実を見落としてしまうことになりかねません。相手は人権を持った大切な人間であるということを常に覚えておくようにしてください。健康は、人権の基礎となるものです。そして、その健康の基礎となるものは、思いやりです。ですから、人と関わる際、特に病気を抱えた人と関わる際には、思いやりを持つように努めてください。多くの場合、あなたがしっかりケアしていることが相手に伝わらない限り、人はあなたがどれだけ知識を持っていようが気にも留めないということを覚えておいてください。


モイ大学卒業式において、ウフル・ケニヤッタ・ケニア大統領に名誉文学博士号を授与するウェレ総長(2013年9月19日、ケニア、エルドレットにて)


UHCフォーラム(2017年、東京)においてケニアのコミュニティヘルス戦略と経験について発表するウェレ博士


「エイズのない世代を実現するためのチャンピオン」の同僚とともに、UNAIDSリーダーシップ・アワード贈呈式にて


西部ケニアで保健、食糧安全保障、福祉についてのコミュニティ・エンパワーメント・フォーラムを開催したウェレ夫妻(ウェレ博士とハンフリー・R・ウェレ律修司祭)