ブライアン・グリーンウッド博士からの近況報告(第1回野口英世アフリカ賞医学研究分野受賞者)2019年

2015年時点での近況報告はこちら:野口英世アフリカ賞ニュースレター第11号
ブライアン・グリーンウッド博士

近況報告

1.研究について

a) マラリア

マラリア予防では目覚しい進歩が見られ、2000年以降、マラリアによる死亡者数は約半数にまで減少しました。しかし、いまだ毎年50万人近くの人々がマラリアが原因で死亡しています。多くはアフリカの幼い子供たちで、特に一年のうち2~3ヶ月の間にマラリアの感染が集中しているサヘル、サブサヘルに位置する国々です。過去10年間、私とロンドン大学衛生・熱帯医学大学院(LSHTM)の同僚は、アフリカのパートナーと共に、「季節性マラリアの化学的予防(SMC)」という予防措置を開発しました。マラリア感染が最も頻繁に起きる時期に一月毎に4度、5歳以下のすべての子ども(危険が最も高い年齢層)に抗マラリア薬の複合投薬を行うものです。治験の結果、SMCはマラリア予防に極めて有効であることが示されたため、現在は様々な国で展開され、2019年には約2千万人の子どもたちがSMCを受ける予定です。

2009年に、エチオピアでトラコーマの予防を目的としてアジスロマイシンの集団投与(MDA)が行われ、その結果子ども全体の死亡率が大幅に下がりましたが、理由はわかりませんでした。その後、大規模な多施設共同治験(MORDOR治験)が実施され、死亡率の減少幅はずっと小さかったものの同様の効果が確認されました(子ども全体の死亡率が13.5%減少)。エチオピアで実施された当初の治験の劇的な結果に鑑みて、私たちはSMCで利用する抗マラリア薬にアジスロマイシンを組み合わせることで同様の効果が得られるかもしれないと考えました。そして2014年、英医学研究審議会(MRC)の共同グローバルヘルス治験プログラムの支援を受け、ブルキナファソ、マリの同僚と共に、この仮説を検証すべく大規模な治験を開始しました。生後3ヶ月~59ヶ月の子ども約2万人に対し、抗マラリア薬と共にアジスロマイシンまたは偽薬を投与しました。子どもたちを3年にわたって追跡し、死亡、入院、通院をすべて記録しました。アジスロマイシンの投与により、発熱を伴う呼吸器感染症及び消化器感染症、マラリア以外の発熱性疾患、皮膚感染症による通院が20%減少したものの、MORDOR治験とは対照的に、死亡率や入院率には変化がありませんでした(Chandramohan et al. New England Journal of Medicine, 2019; 380:2197-2206)。この重要な研究成果は、WHO政策委員会会議でエビデンスとして使用され、子どもの死亡率が高いアフリカ諸国での子どもの生存率向上戦略として如何にアジスロマイシンを使用するか検討されました。私たちの研究成果では、SMCが展開されている国では、子どもの生存率には影響しないことが示されています。

他のマラリア対策に加えてSMCも実施してきたにも関わらず、ブルキナファソとマリでは依然として死亡率と罹患率が高い状態が続いていました。そのため、アジスロマイシンの研究が残念な結果に終わった後、SMCを補完する他の治療介入の方法はないか検討しました。一つの可能性として、アフリカ大陸の3カ国で大規模なパイロット試験に使用されていた、効き目が部分的なマラリアワクチンRTS,S/AS0,1がありました。このワクチンは、2~3ヶ月は高い有効性を示すのですが、その後、急速に効果が下がります。そのため、このようなワクチンの特徴を活かし、ちょうど温暖地域でインフルエンザのワクチンを利用するのと同じ要領で、毎年マラリアの感染が多くなる時期に先駆けて季節性のワクチンとして、このワクチンを利用することが可能なのではないかと考えました。そして、2017年、ブルキナファソとマリにおいて、アジスロマイシンの研究が実施されたのと同じ地域に住む6千人の幼い子供を対象に、このワクチンをSMCに代わる方法として、あるいはSMCの効果を高める方法として利用できるか検討するための治験を開始しました。これまでに、5500人以上の子供がマラリア抗原または対照ワクチンの初回投与と1回目の追加投与を受けました。2回目の追加投与は、2019年6月に実施される予定です。この治験の初期成果は2019年中盤にまとめられます。その時点で、研究対象の子どもたちが5歳になるまで季節性ワクチンの投与を継続するかどうかを決定します。

b) エボラウイルス病

2014年、ギニア、リベリア、シエラレオネで過去最悪のエボラウイルス病の流行が発生しました。2014年11月、私は、LSHTM学長であり野口英世アフリカ賞の受賞者でもあるピオット博士、そしてウェルカム・トラスト理事長のジェレミー・ファラー博士とともにシエラレオネを訪問し、現地の状況を調査するとともに、LSHTMとして何ができるか検討しました。ジョンソン・エンド・ジョンソンの幹部と協議の上、同社によるシエラレオネでのエボラウイルス病ワクチンの初回投与について、LSHTMが研究を主導することで合意しました。私は以前にシエラレオネで活動した経歴があったことから、ピオット博士より、シエラレオネ大学医学・保健医療学部と協力してシエラレオネで治験の準備を支援してほしいとの依頼を受けました。この治験は、欧州連合の「革新的医薬品イニシアティブ」(IMI)の支援を受けて実施されました。ギニアとの国境に位置するカンビア県ではエボラウイルス病の流行が続いていたため、治験に最適な地区として選ばれました。カンビア県には治験に必要な電気等のリソースがなく、また現地の病院を担当する医師は、悲しいことにエボラウイルス病で亡くなっていました。そのため、プロジェクトチーム(EBOVAC)は、エボラウイルス病の流行が続く只中で、借家を使って一からワクチン接種のクリニックを立ち上げ、輸送用コンテナの中に質の高い研究室を作り、それまで一切治験の経験がないチームに対して、米国食品医薬品局(FDA)によるワクチンの登録要件を満たす治験の実施方法についてトレーニングを行いました。当初は有効性試験となる予定でしたが、センターがワクチン接種を開始する準備ができた頃にはエボラウイルス病の流行が沈静化し始めていたため、最終的には大規模な安全性・免疫原性試験として実施することになりました。成人を対象とした初期パイロット試験で安全性を確認した後、対象年齢を引き下げて試験を開始し、最終的には1歳以上のすべての年齢の被験者に対しワクチン接種を実施しました。最近、1,020人の被験者へのワクチン投与が完了し、被験者の募集が終了しました。初回の追加投与で利用された2つのワクチンは安全であることが証明されました。血清検査はまだ完了していませんが、当初の結果ではワクチンに対する優れた免疫反応が見られ、非常に高い期待が寄せられています。「革新的医薬品イニシアティブ」(IMI)から提供された資金により、今後4~5年かけて本治験に参加した被験者を追跡し、ワクチンによる免疫反応の継続期間を調査するとともに、幼い子供を対象とした小規模な試験を行うことになりました。

2つ目のワクチンは、水疱性口内炎ウイルスを基にメルク社が開発したものです。このワクチンは、ギニアにおける感染者の周辺にいる者に対する包囲ワクチン接種で効果的に利用されています。このワクチンの安全性と免疫原性については、現在、PREVACと呼ばれる米国立衛生研究所(NIH)、仏国立保健医学研究所(INSERM)、LSHTMの連携の下、ギニア、リベリア、シエラレオネにおいて、ジョンソン・エンド・ジョンソン製ワクチンとの比較試験が進められています。この治験の被験者募集も最近完了し、シエラレオネの708名の被験者を含む、合計2,802名の被験者が集まりました。「欧州発展途上国臨床試験パートナーシップ」(EDCTP)から資金を得て、ギニアとシエラレオネにおける本治験の被験者について、長期的な追跡調査を行うことになりました。

エボラウイルス病が流行する中、カンビアでフィールドセンターの設立を進めていた際、私はプロジェクトの進行を支援するため、シエラレオネに頻繁に赴きました。今では、強力なチームが出来上がっており、EBOVAC/PREVACの治験責任医師であるLSHTMのデボラ・ワトソン・ジョーンズ教授主導の下、トレーニングが行われているため、私はかつてほど頻繁にはシエラレオネを訪問する必要はありませんが、今でも、これら2つの治験の実施についてワトソン・ジョーンズ教授をサポートするのに多くの時間を費やしています。

2018年、コンゴ民主共和国のキブ州でエボラウイルス病の流行が始まり、2019年6月までに2,000件を超える症例が発生しました。 流行を抑えるため、大規模な研究の実施が計画されており、同計画では西アフリカで実験的に試験されたことのあるジョンソン・エンド・ジョンソンのワクチンを最大100万回使用します。LSHTMがこの治験のスポンサーです。

2.研究能力開発

私はこれまで、サブサハラ・アフリカに拠点を構える研究機関および科学者個人が質の高い研究を実施するための能力開発を強力にサポートしてきました。私は16年間に渡り、ゲイツ・マラリア・パートナーシップ(2000年~2009年)とマラリア研究能力開発コンソーシアム(MCDC)(2009年~2016年)の運営を通じて、マラリアの分野でこの目標に貢献してきました。2016年、ウェルカム・トラストが、英国ではなくアフリカが主導権を握って運営する研究能力開発プログラムDELTASを創設しました。MCDCのパートナーの一つであるシェイク・アンタ・ジョップ大学(セネガル)寄生虫学部が、MCDCを通じて開始した研究を継続し、DELTASの助成金を受けました。私は、同プログラムのメンバーの研究に助言を提供する委員会の委員長を務めています。

a) ALN奨学金プログラム

2008年に光栄にも野口英世アフリカ賞を受賞した際、私は、授けられた賞金を日本と私の所属機関(LSHTM)とのつながりを支えると共に、アフリカの研究能力開発を建設的に支援するために使うことを心に決めました。この利用可能な資金をもって、私は、既に熱帯医学の理学修士課程を運営していたLSHTMか長崎大学のどちらかにおいて、若い有望なアフリカ人科学者が理学修士号を取得できるようにする奨学金プログラムを創設することが最も適切であると考えました。こうして、2010年、アフリカ・ロンドン・長崎(ALN)奨学金プログラムが設立されました。このプログラムは非常に人気が高く、毎年4~5名の受給者枠に対し、500件~1,000件の申請があります。申請者には、LSHTMまたは長崎大学のどちらへの入学を希望するか意思表示する機会が与えられます。長崎大学熱帯医学・グローバルヘルス研究科によって運営されているプログラムの質の高さが認識されるにつれ、長崎大学を希望する申請者の割合が増えてきているのは心強いことです。

ALNプログラムでは、31名の学生の修士課程の学費を全額負担しました。うち、29名は無事に修士号を取得し、1名は遠隔教育で研究を続けており、1人が学位を取得できませんでした。長崎大学を無事に卒業した13名のうち、5名はマリ、4名はブルキナファソ(いずれもフランス語圏)の出身です。学生は全員6ヶ月時点および12ヶ月時点での報告書を提出しますが、長崎大学に通っている学生は、熱帯医学コースに対して常に前向きで熱心です。

シスメックス社から寛大な寄付を頂いていたものの、現時点でプログラムを維持するのに十分な資金を集めることができていないため、残念ながら2019年が奨学金を支給する最後の年となりそうです。

b) 博士課程のための奨学金

ALN奨学金プログラムを通じて築かれた絆の一つとして、LSHTMと長崎大学は、2017年、共同で博士課程を設置することに合意する覚書に署名しました。2017年3月、私は日本を訪れ、滞在期間中に、このプログラムの博士課程奨学金の初の受給者を指名する委員会の議長を務めました。現在では、受給者に対する奨学金と研究助成金は、日本政府による寛大な助成金で賄われています。2019年3月には、長崎で、LSHTMや日本各地の研究者20名以上が参加し、共通の科学的関心分野に関する活発な議論がなされました。本会合において、第2回となる博士課程奨学金の受給者が発表されました。

c) 王立協会

英王立協会は、その戦略目標の一つとしてアフリカにおける研究能力開発を掲げており、王立協会リーバーヒューム奨学金プログラム、王立協会国際開発省(DFID)プログラム、そして最近では「未来の指導者‐アフリカ独自の研究(FLAIR)」博士研究員プログラムの創設など、様々な方法でこの目標を達成してきました。私は、王立協会リーバーヒューム奨学金審査委員会の議長を務め、また、FLAIR博士研究員プログラムの奨学金審査委員会の共同議長を務めるなど、両プログラムに様々なかたちで貢献してきました。これらの奨学金には700件の申し込みがあり、最終選考に残った60名の面接は、2018年11月にナイロビの医学アカデミーで実施され、私は生物学分野の奨学金を担当する委員会の議長を務めました。最終選考を通過したナイジェリア出身の申請者は日本で大学院課程を修了しており、アフリカでの研究能力開発において英国と日本がどのように協力できるか垣間見ることができました。

3.今後の予定

私は2018年で80歳を迎えましたが、引き続きアフリカの研究プログラムに貢献し、研究能力開発を支援できることを幸運に思います。今後も引き続き精力的に活動していく予定です。


エボラワクチンチーム(2015年11月、シエラレオネ・カンビアにて)


RTS,Sマラリアワクチンチーム(2017年10月、ブルキナファソ・ウンデにて)


マラリアワクチンRTS,S / AS01を用いた季節性ワクチン、季節性マラリアの化学予防と、2つの治療介入の組み合わせの比較治験
(2019年2月、ブルキナファソ・ボボジュラソでの年次会合)


ALN奨学金プログラムで学んだアマドゥ・バリー、イブ=ダニエル・コンパオレ、エリック・ネビエ、そしてプログラムを支えるカレン・スレーターと共に
(2019年2月、ブルキナファソ・ボボジュラソにて)