マラリアは排除できるのか・ブライアン・グリーンウッド教授

マラリアは排除できるのか
ブライアン・グリーンウッド教授
英ロンドン大学衛生熱帯医学校
感染熱帯病理学部

はじめに

 野口英世博士の生涯と功績[SLIDE 2](PDF:211KB)をたたえる記念行事の一環として国連大学で講演する機会をいただいたことは喜びに堪えません。私が野口博士の経歴について知ったのは50年前、英ケンブリッジ大学の医学生だったときです。感染症は常に私の関心の的であり、医学生時代に20世紀初頭の最も著名な微生物学者の一人である野口博士の名に出会ったのは不思議ではありません。しかし、私自身のキャリアにこれほど重要な役割を果たすことになろうとは想像しませんでした。ここ数年は、ガーナ・アクラ市の研究施設[SLIDE 3](PDF:207KB)を定期的に訪問し、彼の名を思い出す機会がたびたびあります。その施設は、黄熱病の原因を突き止めようとして野口博士が払った究極の犠牲をたたえるために日本政府の支援により設立されたものです。私は野口英世アフリカ賞の第1回受賞者2名のうちに選ばれたことを大変光栄に思っています。また彼の名を冠する権威ある賞を私に授与して下さった日本政府と国民の皆様、そして受賞や私の訪日を実現して下さったすべての方々に心から感謝をしています。

 私は今回の講演のテーマにマラリア対策を選びました。現在、世界の保健衛生問題やその資金調達にかかわる人々が大きな関心を寄せており、マラリア根絶の可能性をめぐる議論が再び持ち上がっているからです。野口博士がマラリア研究を直接手がけることはなかったでしょうが、最後の訪問地のガーナを含め、熱帯地域を何度も訪問した際に、マラリアやその感染がもたらす破壊的影響について見聞きしたことは間違いないと思います。

マラリア原虫のライフサイクル

 本題に入る前に、感染症の専門家以外の方のためにマラリア原虫のライフサイクル[SLIDE 4](PDF:116KB)について説明するのが良いかと思います。寄生原虫であるマラリアは、ハマダラカのメスを媒介にしてヒトに伝播されます。媒介生物はたいてい特徴的な様態で見分けがつきます。感染したハマダラカは、宿主となるヒトを吸血する際に唾液とともに種虫(スポロゾイト)を注入することでマラリアを感染させます。接種された少数のスポロゾイト(通常は10~100匹程度)は血液によって運ばれ、肝臓に到達した時点で肝細胞に侵入し、多くの場合2、3匹が住み着いて繁殖体(シゾント)を形成します。肝臓で約10日後に成熟し、それぞれのシゾントが数千匹の分裂小体(メロゾイト)を放出し、それが赤血球に侵入します。感染した赤血球内でさらなる増殖が起き、原虫の種類によって48時間または72時間後に成熟し、次の感染段階に入ります。ライフサイクルのこの段階になると、マラリアの臨床的兆候である発熱、貧血、時にはもっと複雑な合併症状が現れます。肝臓から放出されたメロゾイトは有性世代に入り、オスまたはメスの生殖母細胞となります。別のハマダラカが感染患者を刺すことでこれを媒介します。ハマダラカの腹部で受精が起き、腹の内側で複数の発達段階を経て再び唾液腺に到達し、上記のサイクルを繰り返します。スポロゾイトからスポロゾイトまでの1サイクルを終えるのに約3週間かかります。

 ヒトに感染するマラリア原虫は5種類あります。中でも熱帯熱マラリア原虫(Plasmodium falciparum)が最も恐れられています。これに感染した赤血球は微細な血管の内皮細胞に付着して脳マラリアを引き起こし、次のスライド[SLIDE 5](PDF:204KB)に示すように他の器官も損傷させるからです。ヒトに感染するマラリア原虫で次に重要なのは三日熱マラリア原虫(P. vivax)です。この原虫は熱帯熱マラリア原虫に比べて重篤な症状を引き起こす頻度は低いものの、ライフサイクルを終えた後に再発段階があり、排除が特に難しいとされています。肝臓への感染後、三日熱マラリア原虫のスポロゾイトの一部は次のスライド[SLIDE 6](PDF:57KB)に示すような休眠型の原虫(ヒプノゾイト)を形成し、宿主が感染に気づかないまま長い年月にわたって潜伏する場合もあります。

マラリアによる重い負担

 予防対策が強化されているにもかかわらず、マラリアは依然として世界で最も重大な感染症の一つです。世界人口60億人のうち、最近の推定ではおよそ26億人がマラリアの危険にさらされ、その危険が中程度から高度に達する人は10億人以上にのぼります。マラリアの現在の感染地域は次のスライド[SLIDE 7](PDF:90KB)に示すように熱帯や亜熱帯に集中していますが、かつては英国、米国、日本のような温暖な気候の国々にも広がっていました。マラリアは今でも次のスライド[SLIDE 8](PDF:32KB)に示すように年間100万人の死者を出し、うち約90%をアフリカの子供たちが占めています。推定で年間約5億人がマラリアの感染症状を示します。アフリカの多くの地域では、小さな子供たちが毎年1回以上マラリアの発作を経験し、外来診療所の受診や小児病棟への入院で最も多い理由がマラリアです。妊婦[SLIDE 9](PDF:128KB)はマラリア感染が特に大きなリスクとなります。マラリアによって妊婦が重篤な貧血を起こす場合があり、時には死に至ります。また次の世代にマラリアの有害な影響が及ぶこともあります。マラリアが重要な原因の一つとなる低出生体重は、乳児死亡の重大なリスク要因となります。

 マラリアの影響は直接的な医学上の問題にとどまりません。アフリカの学童に対するマラリアの影響の深刻さも増しています[SLIDE 10](PDF:46KB)。マラリアと鉤虫症、住血吸虫症のような他の感染症が合併すると、子供の貧血を引き起こし、学校への出席率を低下させ、学業の妨げとなります。ロンドン大学衛生熱帯医学校で私の同僚が行った最新研究では、マラリアの予防的治療を施して感染を防ぐことにより、ケニアの学童の学業成績が向上しました。成人の場合、マラリアで仕事の能率が落ちることがあります。ジェフリー・サックス教授は次のスライド[SLIDE 11](PDF14KB)に示すように、マラリアが蔓延する国々では、同様の社会的背景をもつマラリア発生のない国々よりも、25年間の経済パフォーマンスが平均で1.8%低いことを証明しました。マラリアの制御は、医療制度への直接的負担を軽減するだけでなく、経済の進歩・発展への間接的影響もあるのです。

マラリア制御・根絶に向けた過去の取り組み

定義

 マラリア対策の歩みを振り返る前に、これから私が使う用語を次のスライド[SLIDE 12](PDF:11KB)で示すように定義する必要があります。区別されずに混乱した使い方をされることが多い用語だからです。
マラリア制御(Malaria control): マラリアがもはや重要な臨床的問題とは言えないものの、感染症の伝播はまだ続いている状態をいいます。

 マラリア排除(Malaria elimination): 国内または地域内でマラリアの伝播がなくなった状態をいいます。マラリア患者の発生はありますが、他の地域・国から持ち込まれた場合に限られます。日本や英国などがこの状態にあります。

 マラリア根絶(Malaria eradication): この用語はマラリアの伝播が世界中でなくなり、あらゆる伝播が完全に停止した状態を指します。天然痘ではすでに達成され、ギニア虫感染症やポリオでもまもなく達成される見通しですが、マラリアについてはまだ遠い道のりです。  

マラリア制御の各段階と根絶の試み

 マラリアの制御対策は数百年にわたって続けられてきました。便宜上、これらを次のスライド[SLIDE 13](PDF:12KB)に示す5段階に分けて説明します。.

初期段階

 マラリア原虫が発見され、蚊を媒介にしたマラリア伝播のしくみが判明する以前から、マラリアが湿地と関連していることは知られており(そのためフランス語のpaludismeは湿地の病を意味します)、富裕層はこの病気から身を守るため、湿地からなるべく離れた場所に住もうとしました。欧州では18世紀から19世紀にかけて多くの湿地が農業目的で干拓され、マラリア発生率の低下に寄与しました。さらに都市化も同様に寄与しました。マラリア制御における総合対策の有効性を示したのが、次のスライド[SLIDE 14](PDF:83KB)で紹介する英国の例です。マラリア原虫が発見され、蚊を媒介に感染することが知られる前から、英国ではマラリアがほぼ制御されていたのです。 

集中的マラリア制御計画

 マラリアの原因と伝播のしくみが確認されると、マラリア原虫やその媒介生物に的を絞ったいっそう集中的な制御計画を立てることが可能になり、初期には多くの成功を収めました。その著名な例がパナマで、ゴーガスの指揮のもと、媒介生物の駆除やキニーネの大量投与など多様な手段を駆使してマラリアと黄熱病を制御しました[SLIDE 15](PDF:183KB)。公衆衛生面の対策をとったことでパナマ運河の建設は無事完成にこぎ着けました。マラリアと黄熱病による労働者の高い死亡率と罹患率のため、最初の計画が頓挫していたからです。2番目に広く引用される成功例は、[SLIDE 16](PDF:174KB)に示す通り、ブラジル北東部でガンビエハマダラカの撲滅に成功したソーパーです。ガンビエハマダラカはアフリカの主要なマラリア媒介生物ですが、偶然ブラジルのこの地域に飛来したのです。この蚊の繁殖地を駆除するのに大変な努力と大勢の労働者を要しました。 

 20世紀初頭、欧州北部ではマラリアの制御に成功しましたが、南欧の多くの地域ではマラリアが依然として大きな問題でした。あまり知られていませんが、マラリアは今日のアフリカの多くの地域と同様、100年前の南イタリアでも深刻な状況にありました。イタリアがどのように最終的にマラリアを制御したかは、次のスライド[SLIDE 17](PDF:182KB)で一部紹介していますが、最近、イエール大学の歴史学者であるフランク・スノードン教授が優れた著書の中でまとめました。当時、キニーネなど抗マラリア薬の大量投与、湿地の干拓、住宅事情の改善、さらにDDTの散布など多くのアプローチが試されました。長い闘いの中で浮上したのが、地域社会の教育と関与が成功へのカギになることでした。これは今でも重要な教訓となっています。

世界的なマラリア根絶計画

 このような各地の成功例に勇気づけられ、またクロロキンやDDTの発見(ハマダラカに魔法のような効果をもつと思われました)に後押しされた世界保健機関(WHO)は1959年、非常に野心的なマラリア根絶15か年計画[SLIDE 18](PDF:32KB)をスタートしました。ただ、マラリア根絶計画という名称ながら、根絶を目指すものではありませんでした。アフリカではマラリア排除への真剣な努力が全くなされず、今日の定義に従うと、これは地域ごとのマラリア排除計画であって世界的な根絶計画ではなかったのです。マラリア根絶計画は高い費用をかけて失敗したという評価が多いのですが、地域ごとのマラリア排除計画ととらえれば成功だったのです。その結果、次のスライド[SLIDE 19](PDF:187KB)に示す通り、約10億人がマラリアの危険から救われたのです。マラリア発生率が大幅に低下したのはインド亜大陸で、特にスリランカでは次のスライド[SLIDE 20](PDF:57KB)に示すようなDDTの室内残留性散布によって劇的な結果が達成されました。1966年には、わずか18人の患者が報告されただけです。しかし、完全なマラリア伝播の遮断(すなわち排除)には至りませんでした。そのうえ、殺虫剤の室内残留性散布を繰り返すことに対し、2つの意味で抵抗が生じました。媒介生物である蚊に抵抗力(耐性)が現れたことと、マラリアがほぼ消滅しても住居への薬剤散布で不便を強いられ続けることに人々の抵抗感が強まったことです。マラリア根絶計画が1966年に放棄された理由の一部をまとめたのが次のスライドです[SLIDE 21](PDF:13KB)

マラリアをめぐる状況の悪化

 WHOが世界的なマラリア根絶計画を放棄し、代わりに地域社会での治療提供を通じたマラリア制御[SLIDE 22](PDF:40KB)に切り替えたため、国際社会のマラリアへの関心が失われ、マラリアをめぐる状況は次のスライド[SLIDE 23](PDF:18KB)に示すように、特にアフリカなどで悪化の一途をたどりました。このスライドは、1960年から1995年の間にアフリカの子供の死亡率は著しく減少したのに、マラリアによる死亡率は逆に増加したことを示しています。戦争や内乱などもアフリカでの状況悪化の原因ですが、最も重大な要因は1990年代初めに熱帯熱マラリア原虫のクロロキン耐性や、スルファドキシン/ピリメタミン(SP)への耐性が出現し、アフリカ全域に広まったことです。SPは地域社会の医療従事者による感染対策の決め手になると期待されていました。こうしてマラリアは、わずかな支援と効果の低い薬剤に頼りに活動する医療従事者だけでは対処できない複雑な問題となりました。 

再び関心を集めるマラリア対策

 25年間も放置された後、ようやく10年前にマラリアは国際社会の優先課題のリストに再登場しました。変化のきっかけは、富裕な国々が恵まれない地域に対する責任を広く受け入れ、マラリアがアフリカの経済的発展を阻害していると認識し、HIV感染が急激に広がったアフリカへの関心が高まったためと思われます。

 変化の理由はどうあれ、現状を変える力がある主要8か国(G8)など先進国の首脳のあいだで[SLIDE 24](PDF:43KB)、今やマラリア制御の重要性は広く認識されています。マラリア制御はここに来て、強力な政治的支援を得ました。しかし、政治的支援は資金の後ろ盾がなければほとんど価値がありません。その意味で、マラリア制御を前進させるカギとなったのが2002年の「世界エイズ・結核・マラリア対策基金」[SLIDE 25](PDF:48KB)の設立でした。この基金は沖縄で開催されたG8サミットで日本政府が呼びかけたことが出発点となり、エイズ、マラリア、結核への効果的な対策を本格化させるのに大きく貢献しています。マラリアの場合、この基金から過去5年間でおよそ25億ドルが拠出されました。最近設立された「米国大統領マラリア・イニシアチブ」や、世界銀行の「グローバル戦略支援プログラム」からも、マラリア対策に多額の資金が投入されています。その他の二国間援助も含めた資金支援は今では年間10億ドルに迫っています。それでも十分ではなく、世界で効果的なマラリア排除計画を進めるにはおよそ50億ドルが必要だと考えられています。とはいえ、年間10億ドルという対策資金は10年前に比べると約20倍に増えました。 

 この膨大な資金を賢く活用するには、マラリア対策に関与する多くのグループ間の効果的な調整が必要となります。そのため、WHO、国連児童基金(UNICEF)、国連開発計画(UNDP)、世界銀行の連携を担う「ロールバック・マラリア・パートナーシップ(RBM)」[SLIDE 26](PDF:54KB)が1998年に設立されました。RBMの活動は当初は手探りの状態でしたが、やがて民間企業や非政府組織(NGO)も巻き込み、今では世界的なマラリア対策の中心的役割を担っています。

 この10年でマラリア研究への支援も大幅に広がりました。10年前までは私のような少数の物好きが関心を持つだけで、資金も乏しかったのですが、これを一変させた重要な出来事は、おそらく1997年にセネガルのダカールで開催された会議[SLIDE 27](PDF:81KB)でしょう。当時、アメリカ国立衛生研究所の所長だったハロルド・ヴァーマス博士の呼びかけでアフリカや先進諸国からおよそ150人の科学者が集結し、マラリア研究に関する共通課題で合意しました。世界の医学研究に当時おそらく最も大きな影響力を持っていたノーベル賞受賞者のヴァーマス博士は、この会議やその後の活動を強力に支援したうえ、マラリア研究は時代遅れの学問ではなく世界共通の重要な研究課題の一つだという強力なメッセージを、ドナー機関にむけ発信しました。3年後に設立されたビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団はこれを実現するのに大きな力となりました。この7年間に同財団は、2007年の1億5200万ドルを含め7億ドル近くをマラリア研究に投じました。 

マラリア制御の最近の成功例

 最近はマラリア対策に提供される資金が増え、その大半は治療プログラムや、殺虫剤処理した蚊帳(ITN)あるいは室内残留性散布(IRS)を用いた媒介生物駆除に使われています。マラリアの第一選択薬として今ではクロロキンに代わり、クソニンジン(Artemisia annua)を原料にした薬[SLIDE 28](PDF:33KB)が使われ、結核やHIVの場合と同じく、耐性の出現を防ぐために複数の抗マラリア薬を組み合わせて投与すべきことが、遅ればせながら認識され始めました。妊婦にはスルファドキシン/ピリメタミン(SP)を妊娠期間中に2、3回投与すること[SLIDE 29](PDF:128KB)をWHOは推奨しています。これで妊娠性貧血や低出生体重児は減りますが、SP耐性が出現する恐れがあります。殺虫剤処理した蚊帳(ITN)[SLIDE 30](PDF:80KB)はマラリア制御に新たに加わった有効な手段です。定期的に殺虫剤を再処理する必要があるという当初の問題点は、蚊帳の網の繊維に殺虫剤を染みこませ、効果を長く持続させることで克服しました。日本の複数のメーカーが効果の長持ちする蚊帳の開発を主導しました。住友化学は最近、タンザニアのアルーシャにこの蚊帳の製造工場を建設し、ナイジェリアにも蚊帳工場を作る計画だと聞いています。

 こうしたシンプルな対策の導入はすでに効果を上げており、エリトリア、ケニア、ルワンダ、タンザニア、モザンビーク南部、ガンビア、ザンビアなど中程度から高度のマラリア感染リスクがあるアフリカ諸国から、マラリア発生率が低下したとの報告が届いています。アフリカ東海岸沖のザンジバル島の状況について次のスライド[SLIDE 31](PDF:73KB)で紹介します。アルテミシニンをベースとした混合療法(ACT)の導入によってマラリア発生率は著しく低下しましたが、殺虫剤処理した蚊帳や室内残留性散布を併用することでさらに効果が増しました。東南アジアでは、ベトナムがすでにマラリア制御に成功しています。隣接するカンボジアでも改善しつつありますが、アルテミシニン耐性が報告されているのが心配です。

マラリア排除に向けた新しい計画

 最近のマラリア制御の成功例や、マラリアの「制御」だけではまだ不十分だという認識から、ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団[SLIDE 32](PDF:124KB)は2007年10月17日にシアトルで開催された会議で、今後はマラリアの「排除」に尽力するというサプライズ発表をしました。この野心的な宣言はWHOのチャン事務局長や「ロールバック・マラリア・パートナーシップ」の全面的支持を受け、マラリア排除は今や正式な目標となっています。またこれをきっかけに、マラリアの制御が達成可能な精一杯の結果だと少し自己満足に陥っていたマラリア研究者やマラリア対策関係者を再び活気づけ、シアトルでの発表から数か月の間に、この野心的な課題を一歩でも前進させる方法を話し合うために数多くの討論会やワーキンググループの会合が開かれました。

 では、いま手元にある道具だけでマラリアの伝播を食い止められるのでしょうか。関係者の一致した意見は、マラリアの伝播状況が不安定で比較的少ない地域ではおそらく可能だろうということです。あまり報じられていませんが、ここ数年でイラクなど多くの北アフリカ・中東諸国からマラリアがほぼ一掃され[SLIDE 33](PDF:73KB)、2007年にはアラブ首長国連邦の正式なマラリア排除をWHOが宣言しました。近い将来、この地域でマラリア排除がさらに進むと期待されます。さらにマラリア排除計画は、バヌアツ、ソロモン諸島など南太平洋地域やアフリカ南部のように最も実施しやすい地域から重点的に取り組むことになるでしょう。日本の科学者が沖縄やバヌアツのアネイチウム島でマラリア排除に成功した例は、今後の貴重な手本になるでしょう。十分に熱意ある姿勢と豊富な資金提供があれば、これらの地域のマラリア排除は、容易でないにせよ、十分可能だと思われます。したがってアフリカ中部やアジアでも、周辺部から中心部に向けてマラリアを徐々に撃退することが可能ではないでしょうか。これらの地域では、伝播を阻止するのにおそらく新たな追加手段が必要でしょう。考えられる新たな手段を例示したのが次のスライド[SLIDE 34](PDF:103KB)です。有性世代の原虫や休眠型の三日熱マラリア原虫を殺すのに新しい薬が必要になります。それらの薬は、感染していない大勢の人々に一斉投与できるような極めて安全性の高いものでなければなりません。マラリア原虫の臨床症状から身を守るだけでなく、発達段階の原虫に対する免疫反応を誘発し、伝播を阻止するようなワクチンも必要です。非常に効果的なスポロゾイトまたは赤血球感染の段階のワクチンを全人口に投与すれば、伝播を食い止めるのに役立つでしょう。とりわけ有性世代の原虫を標的にした「伝播ブロッキング・ワクチン」が重要です。この種のマラリアワクチンの開発はかねてから支援が不足しており、これからも関心を高めていく必要があります。もう一つの有望なアプローチは、蚊を遺伝子操作してマラリアを寄せ付けないようにすることです。ただし、いずれかの新しい手段を今後5年以内に広範囲に普及させられるとは思えません。普及させるのに必要な医療制度が大幅に改善されない限り、多くの国で成功を見ることはないでしょう。

むすび

 私の予測では、次のスライド[SLIDE 35](PDF:39KB)にまとめた通り、今後10年間にアフリカとアジアの最も伝播率が高い地域を取り巻く多くの国々でマラリアの排除が達成されるでしょう。伝播率の高い地域では、今日に比べてマラリアの臨床症状をはるかに高度に抑制できるようになるはずです。しかし、伝播を食い止めるには新たな手段の開発と普及が必要となり、普及の条件が整うのに最低でも5年から10年はかかるだろうと思われます。

謝辞

[SLIDE 36] (PDF:158KB).