日本アカデメイア主催講演要旨(日本の孤独・孤立対策について)

日時 令和3年7月13日(火)17:30~18:30
場所 坂本大臣室

本年の2月12日に孤独・孤立対策担当大臣を拝命して以来、早くも5か月が経ちました。
本日は、「日本の孤独・孤立対策について」として、これまでの経験も交え、「孤独・孤立対策とは何か」から「なぜ孤独・孤立対策を行うのか」、「これまでの対応」、「今後の孤独・孤立対策について」までご説明したいと思います。
講演を通じ、皆様には、「孤独・孤立対策の意義」と「なぜ今必要とされるのか」について、知ってもらえればと考えています。

孤独対策を担当する大臣は、世界で二人目、閣僚級ではおそらく世界初とのことです。就任直後から反響をいただき、国内外から多くの取材がありました。
就任直後に国内から最も多かった質問の一つは、「孤独や孤立とは何か?」、「国が定義を定めるべきではないか。」でした。
では、「孤独(loneliness)」、「孤立(isolation)」とは何か。
私が強く「孤独」、「孤立」を感じたのは、5年前の4月に私の故郷、熊本で発生した熊本地震です。マグニチュード7の本震とマグニチュード6の余震がわずか3日の間に複数回発生しました。400年の歴史がある我が国の重要文化財に指定されている城、熊本城も完全な復旧まで今後20年近くまでかかるような甚大な被害を受けました。私自身も被災し、家の中の家具が全てひっくり返り、家中にガラスが散らばりました。地元はどこも道路が寸断、トンネルも崩壊、橋梁は崩落、それぞれの地域が孤立状態でした。一瞬にして甚大な被害が生じた街を見て、茫然自失となり、強い寂寥感・無力感にさいなまれた記憶があります。
その後、各地の避難所や被災地を巡る中で、大変な孤独感を訴える方、災害により物理的に孤立した方の存在を強く感じました。
その一方で、避難所には、多くの方々が集まっていました。支援を必要としている切実な声を聴き、励ましあっているうちに、人とのつながり、「絆」の力の大切さを感じました。このような甚大な災害からの復旧を担うのは自分しかいないという使命感もわいてきました。
振り返ると、このような体験は、私の孤独・孤立対策の原体験といえるのではないかと考えています。
それでは、政府としての見解を少し補足します。孤独は主観的な概念、孤立は客観的な概念としてとらえています。詳細な定義を定めることで、本来救うべき人が政策の対象からこぼれ落ちるリスクを考えなければなりません。「望まない孤独」のみを政策の対象にすべき、という声もありました。しかし、「孤独であると思われたくない」、あるいは「人に迷惑をかけたくない」ために、声をあげられない人も大勢います。あるいは、現状に絶望して、ついには現状を受け入れた場合は、「望んだ孤独」として政策の対象から外してよいのかという問題もあります。
このため、あえて定義という技術的な問題ではなく、社会や他者との関わりに関する個人の状況を主観・客観の両面から捉えて、分析することとしました。
2万人程度の全国調査を年内に実施し、その結果と分析を本年度内に公表したいと考えています。また、孤独・孤立の状態に陥っている方への支援を実施しているNPO等を通じたアンケート等も行うこととしています。

海外メディアから取材をいただいた際、「なぜ孤独・孤立対策を行う必要があるのか」について、多くの質問をいただきました。
また、「孤独」には良いものもあり、「望まぬ孤独」のみを対象にすべきではないかとの意見もありました。
孤独や孤立を含めた「一人であること」についての格言は、肯定的・否定的なものも含め、多く存在しています。
例えば、チャーチルやエジソンは、成長や発明のための「solitary」、「solitude」の重要性に言及しています。「solitary」、「solitude」は、日本では「孤独」とも訳されます。

参考

Solitary trees, if they grow at all, grow strong.


Winston Churchill

The best Thinking has been done in solitude.


Thomas Edison

それに対して、スタインベックは、孤独に抗おうとする人間の本性を、マザー・テレサは、孤独の悲惨さを、ヘレン・ケラーは、一人でできることの限界を述べています。三者は、「孤独」を否定的にとらえています。

参考

We are lonesome animals. We spend all life trying to be less lonesome.


John Steinbeck

The most terrible poverty is loneliness, and the feeling of being unloved.


Mother Teresa

Alone we can do so little; together we can do so much.


Helen Keller

これほど「一人であること」の捉え方は、違うのです。
では、なぜ孤独・孤立対策をするのか。一つは、日本では、コロナ禍が長期化する中で、女性や子供の自殺者が増えてきたという背景があります。日本は、国際的にも自殺率が高く、20年前は年間3万人が自殺で亡くなるなど社会問題化していました。この間、国を挙げて自殺対策に乗り出しており、2009年以来、自殺者数が減少し、2019年には20,169人にまでなりました。しかし、2020年は女性や子供を中心に増加してしまいました。小中高生は、過去最多となる499人でした。コロナ禍による孤独・孤立の高まりが、女性や子供・若者の尊い命を奪ってしまったのではないか。これをどうにかしなければならない。
それに加え、最近感じるのは、ポストコロナを見据えたときに、コロナ前から存在していた孤独・孤立の問題は避けて通れないという現実です。
孤独・孤立対策を進めるに当たり、定期的に全省庁の副大臣を集めた会議を開いています。この初会合で私が紹介したのは、ハンナ・アーレントの「全体主義の起源」における「一人であること」の三分類です。
一つ目は、「solitude」。日本では、「孤独」とも訳される単語ですが、一人になって思考している、いわば「思索にふける」状態。
二つ目は、「isolation」。人と人との間の政治的接触が断ち切られた状態で、「孤立」というべき状態。
三つ目は、「loneliness」。全ての者から見捨てられている状態で、「孤独」というべき状態。
アーレントは、「solitude」と異なり、「loneliness」や「isolation」、すなわち、人々の「孤独」・「孤立」の拡大が全体主義の契機となると警鐘を鳴らしています。
いいかえると、孤独や孤立の問題は、自由や平等、民主主義にとって、大変な危機を招くものです。
我が国においても、そして、おそらく他の先進諸国においても、格差の拡大あるいは固定化により、政策から取り残されていると感じている人々が増えています。
コロナ禍によるディスタンスの確保は、「絆」を弱め、孤独や孤立を強める結果になりかねません。ローンウルフ型テロ等は、コロナ前からみられた現象ですが、ポストコロナを見据えたときに、この背景にある孤独や孤立への対策は避けて通れない問題だと考えています。
先日(6/17)、英国のバラン孤独大臣とオンラインで意見交換し、孤独が重要な国際課題であること、日英両国で孤独対策について世界をリードすることについて一致したところです。来週にも、EUの民主主義・人口問題担当のシュイツァ副委員長、オーストラリアのリチャード・コルベック高齢者担当大臣とも会談し、孤独・孤立の意義について私から説明し、孤独・孤立対策に向けた世界的な気運につなげていきたいと考えています。

それでは、政策の内容に入りたいと思います。
孤独・孤立対策担当大臣に指名された2月12日以降、できることから迅速に施策を進めることが、孤独・孤立に悩む方、不安を抱える方への大きなメッセージになると考えて取り組んできました。
まずは、サポートするスタッフを集め、就任一週間後の2月19日に孤独・孤立対策担当室を立ち上げました。立ち上げ当時の体制は、専任6人を含む全30人程度でした。その後、順次拡大し、現在は、専任を12人と倍増、全40人程度まで体制を強化しています。
そして、翌週25日には、「孤独・孤立を防ぎ、不安に寄り添い、つながるための緊急フォーラム」を開催し、NPOを始めとする10団体に首相官邸にお越しいただき、現場の声を聞きました。
さらに、3月12日には、全省庁の副大臣を集めた「孤独・孤立対策に関する連絡調整会議」を開催し、各副大臣に施策の検討を指示しました。あわせて、孤独・孤立対策を進めるためのプラットフォームとして、「ソーシャルメディアの活用」、「孤独・孤立の実態把握」、「NPO等との連携」の3つのテーマのタスクフォースを立ち上げました。
3月16日には、(1)自殺防止・生活困窮者支援、(2)フードバンク・子ども食堂支援、(3)子供の居場所づくり、(4)女性への相談支援、(5)住まいや見守りについて、60億円規模のNPO等への緊急支援策をまとめました。
その翌週の3月23日には、先ほどの緊急支援策のうち、女性の相談支援、子供の居場所づくり事業を活用し、生理用品の配布を可能とする「生理の貧困」への対応を公表しました。
4月22日には、中央省庁で災害用に備蓄している食料品100万食を子ども食堂やフードバンクの活動に活用できることとしました。
4月23日には、全省庁の副大臣を集めた第2回の連絡調整会議において、29日から始まる日本の春の大型連休を前に、学校が休みになることで、家庭が安寧の地ではない子供のため、居場所の確保を指示しました。
5月13日には、孤独や孤立で悩んでいる方へのメッセージを公表し、そして、6月17日には、世界で初となる孤独担当大臣の会合を日英間で開催し、共同メッセージを公表しました。共同メッセージでは、(1)日英二国間会合の定期開催、(2)実態把握と政策に関する知見の共有、(3)日英両国及び世界への取組の発信を盛り込みました。
6月18日には、政府の重要方針を定める経済財政運営と改革の基本方針2021で孤独・孤立対策の基本的な方向性として、各種相談支援、NPO等の対話などの連携、人と人とのつながりを実感できる地域づくり、実態把握等を示し、年内に重点計画を取りまとめることを閣議決定しました。
既に、NPOとの対話は、6月24日に第一回を開催して以来、「子育て」、「子ども・若者」、「食と住まい」とテーマ別に開催し、本日、「女性」をテーマとする第四回目を開催したところです。
いかがでしょう。この間、事務方には相当な苦労を掛けましたが、従来の「お役所仕事」とは異なる、はるかに速いスピード感を持って施策を進めてこられたのではないでしょうか。

それでは、最後に、今後の孤独・孤立対策について説明します。
今後の大きな政策の山場は、年内に策定する重点計画です。
先ほど申し上げたように、昨今、格差が固定化し、政策から取り残されていると感じている国民が多くいます。孤独・孤立の克服には、当事者や家族の視点に立つことが不可欠です。一方で、従来の日本の政策立案は、官僚が学識経験者の意見を聞きながら作っていくというスタイルが通常でした。その中に、NPOの意見が反映されることはまれでした。
しかし、孤独・孤立対策には、現場の意見が欠かせません。このため、NPOの方々から直接意見を聞くフォーラムを秋までに集中的に開催し、孤独・孤立対策に反映することとしています。地方での開催も予定しています。このような現場からの意見を起点とするスタイルは、新たな政策立案の在り方へのチャレンジだと考えています。
孤独・孤立対策のポイントは、縦と横の時間軸の支援策です。
一つは、出産、小中高校、大学、就職、子育て、退職後といった時間軸を横に切った場合にライフサイクルに応じた支援が十分かといった問題。
そしてもう一つは、自殺防止、生活困窮、被災などの困難に応じた支援、女性、外国人などの属性に応じた支援といった時間軸を縦に切った場合の支援が十分かといった問題。
今回、既存の施策を事務方に洗い出してもらいました。その上でこの縦、横の観点から孤独・孤立対策に漏れがないかについて、NPO等の現場の意見も踏まえて検討し、政策の穴を埋めていく必要があると考えています。

日本の孤独・孤立対策についての説明は以上になります。
整理すると、孤立・孤独を放置することは、個人の生命、自由や民主主義についての大変な脅威です。特に、孤独を感じている、あるいは孤立していると思われたくないというスティグマが、この問題を複雑にしています。
そして、ワクチンの接種が進む中で、ポストコロナの社会課題を見据えたとき、孤独・孤立の問題は避けて通れません。
孤独・孤立の克服のカギは、「絆」です。NPOなど様々な社会的な主体とも連携し、ライフステージや困難・属性に応じた支援を充実し、苦しむ方へ的確に届けていきたいと思います。
ぜひ、皆様にも日本の取組と併せ、自国において孤独・孤立の問題が見過ごされていないか、丁寧に見回していただければと思います。
日本は、この孤独・孤立という新しくて古い課題への対処に、喜んで知見を共有し、協力を惜しみません。そして、本日の講演が、少しでも孤立し、孤独に苦しんでいる方への助けにつながることを心から祈念します。