支払手段の多様化に関する消費者問題についての建議
2026年9月17日
消費者委員会
我が国においては、消費者が利用できる支払手段の多様化が進展している。また、キャッシュレス決済の利用比率も着実に高まっており、2025年には58.0パーセントとなっている。キャッシュレス決済の普及は我が国の政策課題であり、政府としてもそれを推進している1。キャッシュレス決済が利用されることにより、現金を持ち歩く必要がなく、支払が簡単で早いこと、利用履歴の確認を行うことが可能で、それを利用した家計管理が可能になること等、消費者に対して一定の利便性がもたらされている。他方、決済が対面ではなく主としてインターネット空間において行われること等を背景として、消費者トラブルに関する未然防止や被害救済が必ずしも容易ではないこと、支払手段の仕組みが多様化 ・複雑化する中で消費者にとってそれが理解しづらいものとなっていること等、様々な影響や不安も生じているとの指摘がなされている2。
支払手段は、電気、ガス、水道、通信等と並び、国民生活と経済活動を支える基本的な社会基盤の一つである。消費者にとって、その利用はサービスの選択の一つではあるものの、一般の商品購入の場合と同列に論ずることは適切ではない。そうした支払手段が悪質な事業者による消費者被害に利用されることや、その被害が十分に救済されないまま放置されることは本来あってはならず、そのような事態によって支払手段に対する消費者の信頼が損なわれることは、社会インフラとしての支払手段に求められる役割と整合しない。
支払手段は多様であるとともに、多くの事業者が関与して提供されている場合がある。支払手段を規制する法律は、例えば、資金決済に関する法律 (平成21年法律第59号)、銀行法(昭和56年法律第59号)、割賦販売法(昭和36年法律第159号)等複数存在し、所管省庁も複数に分かれている。また、現時点、何らかの規制の対象になっている事業者もいれば、そうでない事業者も関与している場合がある。
このような状況に鑑み、当委員会は、従来の業態ごとの法制度を前提とするアプローチのみでは十分に対応することが困難な、支払手段の多様化及び機能の分化・複層化に伴って生じている横断的な消費者問題にも対処できるよう、当該支払手段が規制の対象となっているかどうかにかかわらず、各支払手段について共通して確保されるべき消費者保護の中核的原則すなわちプリンシプルを明示することが必要と考え、その内容を示すとともに、実現を求めることとした。
プリンシプルという語は、コーポレートガバナンス・コード等において、遵守することが望ましい指針を示し、遵守しないという選択をする場合にはその理由を説明することを求める手法(いわゆるcomply or explain)の中で用いられることがある。本建議にいうプリンシプルは、上記の手法における 「遵守することが望ましい指針」とは異なり、支払関連事業者において、達成されるべき結果としての原則すなわち必ず確保されなければならない業務の水準を示している。プリンシプルの具体的な内容及びその実現に向けた考え方等については別添報告書(第6及び第8)において示している。
加えて、当委員会は、現行の法令又は自主的取組等では必要な消費者保護を確保できない事象が存在する場合には、実効性のある適切な対応の検討を求めている。その具体的な内容については、別添報告書(第9)において示している。
さらに、消費者保護の実効性を確保するためには、上記対応に加え、消費者のリテラシーを高めるという視点が重要である。その具体的な内容については、別添報告書(第10)において示している。
以上を踏まえ、支払手段の多様化が進展していく中で、消費者が安心して安全に各支払手段を利用することが可能になり、そのことが、我が国でのより良いキャッシュレス決済の推進につながるよう、当委員会は、消費者庁及び消費者委員会設置法(平成21年法律第48号)に基づき、内閣府特命担当大臣(金融)、内閣府特命担当大臣 (消費者及び食品安全)、総務大臣、文部科学大臣及び経済産業大臣に対し、次のとおり建議を行う。また、本建議への対応について、各大臣に対し、2027年6月までにその実施状況の報告を求める。
なお、本建議は、支払手段の多様化と消費者問題に関する専門調査会における調査審議を経て取りまとめられた別添報告書を基礎として発出しており、本建議は別添報告書と一体を成すことから、本建議において示した内容の詳細及びその考え方については、別添報告書に整理している。
第1 各支払手段について共通して確保されるべき消費者保護の中核的原則(プリンシプル)の実現
(建議事項1)
金融庁、総務省及び経済産業省は、プリンシプルの実現に向け、以下の取組を行うこと。その際、消費者庁は、関連する消費生活相談情報を取りまとめ、金融庁、総務省及び経済産業省に共有するなど、関係行政機関と連携して消費者トラブルの実態把握を行い、関係行政機関の取組を促すこと。
なお、以下の(1)から(3)と異なる方策によりプリンシプルの実現に取り組む場合においても、建議に係る実施状況の報告をすること。
(1)それぞれが監督し、又は制度的に関与する支払関連事業者及び事業者団体に対し、プリンシプルに沿った取組を進めるよう求めること。重要であるのは、各支払関連事業者が主体的にプリンシプルの実現を図ることであり、そうした事業者による取組を積極的かつ継続的に勧奨すること。
(2)現行の法令、監督指針、ガイドライン等が、プリンシプルの実現という観点から必要十分なものであるかについて検討を行い、その上で必要な場合には、適切な取組を行うこと、また、事業者・事業者団体に自主規制の見直し等の取組を行うよう要請すること。
(3)前記 (1)及び (2)の取組だけでは必要な消費者保護を確保できない事象が存在する場合には、実効性のある適切な対応の検討を行うこと。
(理由)
1 支払手段が多様化・複雑化する中で生じているリスク3を踏まえると、消費者トラブルの未然防止及び事後救済を図るためには、業態ごとに個別のルールを設けるのではなく、支払手段が有する機能に着目し、それぞれの機能4に伴って生じ得るリスクに対応したルールを課す必要がある。
2 消費者にとっては、各事業者がいずれの業態に属するか、いずれの業法によって規制されているかということは分かりにくく、また、同じような機能を果たす事業者であるにもかかわらず保護の程度が異なるということは混乱を生じさせる原因となる。加えて、消費者保護という観点からは、業態にかかわらず、消費者がどのようなリスクに晒されているか、当該リスクに適切に対応するためにはどうしたらよいか、ということこそが重要である。従来、支払手段に関する規律は主として業態ごとの法制度により構築されてきたが、支払手段の多様化・複雑化が進展する中においては、こうした業態別規制のみでは必ずしも十分に対応しきれない可能性も考えられる。
3 したがって、業態ではなく機能に着目した横断的な規律への転換が求められていると考えられる。消費者が支払手段を安全かつ安心して利用できる公正で健全な取引環境を整備するに当たっては、いかなる支払手段が用いられる場合であっても、共通して確保されるべき一定水準の消費者保護が確保されることが必要であり、以下のプリンシプルが具体的に実施されることが、消費者に安心感をもたらす上で重要である。
(支払手段に共通して確保されるべき消費者保護の中核的原則(プリンシプル))
プリンシプル1:情報提供の充実
消費者が自己の事情や取引の特性に応じて支払手段を適切に選択でき、また、利用に関する相談・連絡先や費用等を明確に認識できるよう、必要な情報を分かりやすく提供すること。
プリンシプル2:悪質加盟店の排除による未然防止
悪質な販売事業者が支払手段を利用することを未然に防止するための取組を行うこと。また、悪質な販売事業者については、加盟店契約の解除等により支払手段を利用できないようにすること。
プリンシプル3:紛争解決体制の整備と苦情適切処理
消費者トラブルが生じた場合には、紛争解決のため、各支払関連事業者が協力し、その責任に応じて対応すること。消費者からの苦情を適切に処理すること。また、関係する事業者の義務の不履行によって消費者ができるだけ損害を被らないようにすること。
プリンシプル4:過剰与信防止
支払サービスの利用に関連して、過剰な借入れや多重債務の発生を抑止するための措置を講じること。
プリンシプル5:生活基盤サービスの保護
支払サービスに係る請求の不払を理由として、生活上不可欠なサービスの提供が一方的に停止されることのないようにすること。
4 ここでのプリンシプルは、達成されるべき結果としての原則を示すものであり、それをどう達成するかについては詳細なルールで縛るのではなく、まずは、サービスの機能やリスクに応じて、関係事業者の創意工夫に委ねるという考え方に基づくものであり、現在、各事業者が何らかの規制の対象になっているか否かにかかわらず、その実現に向けて努力されるべきものである。
その上で、実効性の担保等に鑑みれば、各プリンシプルの実現手段は一様ではなく、ガイドラインや自主規制等による対応がふさわしいものもあれば、制度による担保が適切なものも含まれ得る。別添報告書(第8)では、各プリンシプルを実現する上で支払関連事業者に求められる行為規範を明示しており、現在、規制の対象となっているかどうかにかかわらず、各支払関連事業者及び事業者団体における自主的な取組の参考とされ、実践されることを求めるものである。
また、行政機関による監督下にある事業者との関係では、行政機関には、事業者によるプリンシプルの実現に向けた取組を積極的かつ継続的に勧奨するとともに、必要な場合にはガイドライン等の見直し等により対処することが求められる。
5 加えて、以下の事項について、現行の法令、監督指針、ガイドライン、事業者・事業者団体による自主的取組等のみでは改善しないと考えられる場合については、関係行政機関は実効性のある適切な対応の検討を行うべきである。
(1)登録・届出を通じた実効性確保
現在必ずしも法令上の登録又は届出の対象となっていない支払関連事業者について、その機能や役割の重要性に応じて、登録・届出等の対象とすることを検討することが考えられる。少なくとも、支払の実現や利用者保護の確保において重要な機能を担う事業者については、行政による適切な監督の枠組みの下に位置付けることが重要である5 (別添報告書 第9 1参照)。
(2)消費者被害の発生時における民事上の効果及び救済の在り方 消費者保護の実効性を確保するためには、事業者に一定の行為を求めるだけでなく、その義務が履行されなかった場合や消費者トラブルが発生した場合に、消費者が具体的な救済を受けられる仕組みが整備されていることが重要である。仮に行為規範や監督上の措置が存在したとしても、それらが行政上の対応にとどまり、個々の消費者の被害回復につながらないのであれば、消費者保護としては十分とはいえず、このため、民事上の権利義務関係を明確化し、被害の未然防止と被害回復の双方に資するルールの整備を図ることが重要である。このような観点から、検討を行うに当たっては、以下の内容が考慮されるべきである。
- 支払関連事業者から消費者への請求留保6
- 加盟店調査・措置に関する規律の明確化と私法上の評価7
- 個別信用購入あっせんと特定商取引に関する法律 (昭和51年法律第57号)における消費者保護の考え方8
- 原因取引上の問題を支払段階にも反映させる観点からの抗弁の接続9
(別添報告書 第9 2参照)
(3)後払い決済について
現行の法規制の対象外となっている後払い決済は、利用者に対して与信を行い、後日、その代金を回収する仕組みであり、この側面においては個別信用購入あっせんとの共通性を有しているとも考えられる。このため、後払い決済の取引実態及び消費者トラブルの特徴の検証を行い、その結果を踏まえ、割賦販売法における個別信用購入あっせんに対する考え方を参考に、消費者保護の在り方を検討することが必要である (別添報告書 第9 3参照)。
(4)キャリア決済について
キャリア決済については、通信サービスという生活基盤サービスの料金請求と財・サービスの対価の請求が一体的に運用されていることから、未払の場合の通信サービスの停止という生活基盤侵害リスクの問題が存在する。加えて、キャリア決済は、通信契約を基礎として利用者に後払いによる信用供与を行う機能を有している。利用者に後日の支払義務を負わせる機能に着目すれば、過剰与信防止及び利用者保護に関する規律については、クレジットカードや後払い決済と整合的な水準を確保することが重要である。
キャリア決済は、通信サービスの停止及び過剰与信という両面のリスクを有していることを踏まえ、利用者保護及び規制の整合性を確保する観点から、通信サービスの停止及び利用者に信用を供与する機能を有していることに対して、キャリア決済事業者において行われている取組を考慮しつつ、消費者保護の在り方を検討することが必要である(別添報告書 第9 4参照)。
6 以上を踏まえ、金融庁、消費者庁、総務省及び経済産業省は、上記建議事項1に関して適切な対応を行うべきである。
第2 消費者教育の取組の充実
(建議事項2)
金融庁、消費者庁及び文部科学省は、支払手段の多様化・複雑化を踏まえ、消費者が安心して安全に支払手段を利用できるよう、消費者教育における金融リテラシー強化の一層の充実を図ること。
(理由)
1 支払手段の多様化に対応する金融リテラシー強化のための消費者教育の推進に当たっては、自立した消費者の育成を目指す消費者教育を基盤としつつ、金融経済教育とも連携しながら、デジタル社会に対応したメディアリテラシー及びキャッシュレス時代にふさわしい金融リテラシーの充実を図ることが必要である。
2 既に学校教育においては、契約の理解、家計管理、消費者被害への対応など、支払手段を適切に利用するための基礎的な資質・能力の育成が発達段階に応じて位置付けられており、実施されている。
また、2024年には金融経済教育推進機構(J-FLEC)も設立され、金融リテラシーに関する教育機会の拡充が図られている。
そうした既存の取組に加え、消費者が安心して安全に支払手段を利用していくための取組を一層充実させ、継続して取り組んでいく必要がある。
3 金融庁、消費者庁及び文部科学省は、支払手段の多様化・複雑化を踏まえた消費者教育における金融リテラシー強化の一層の充実を図ることが必要であり、例えば以下について考慮することが重要である。
- 前払、即時払い、後払い等の支払手段の仕組みや機能、費用、利用限度額、補償制度及び利用者保護の内容の違いを理解し、自らの生活状況や支払能力に応じて適切な支払手段を選択する力を身に付けること。
- 利用規約、契約条件、アルゴリズムによる情報表示、ダークパターン等の特性を理解し、批判的思考力を活用しながら主体的に判断するなど、デジタル社会において契約や情報を適切に読み解く力を養うこと。
- クレジットカード、後払い決済、キャリア決済等を含めた収支全体を把握し、将来の支払負担を見通しながら計画的に利用するなど、家計を管理し、支払能力に応じて適切に利用する力を身に付けること。
- 詐欺的取引や不正利用に関する最新の手口を理解し、そのリスクを認識した上で安全にサービスを利用するなど、デジタル社会におけるリスクを予防する力を養うこと。
- 相談窓口、救済制度及び関係事業者の役割や責任関係について理解し、問題が発生した場合に適切な相談、申出その他の行動をとることができる力を身に付けること。
- 分かりやすく比較可能な情報提供や安全な利用環境の重要性を理解し、それらが十分に確保されていない場合には、事業者や行政に対して改善を求めることができる力を養うこと。
4 以上を踏まえ、金融庁、消費者庁及び文部科学省は、上記建議事項2に関して適切な対応を行うべきである。
1 政府は、キャッシュレス決済比率については、将来的に80パーセントにすることを目標としており、その中間目標として2030年までに65パーセントを達成することが掲げられている。
2 消費者庁 インターネット消費者取引連絡会 資料1(参考)キャッシュレス決済に関するアンケート調査(2022年9月16日) https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_policy/meeting_materials/assets/internet_committee_cl_230330_01.pdf
消費者委員会 支払手段の多様化と消費者問題に関する専門調査会「中間整理」参考資料5 支払手段の多様化等に関するアンケート調査(消費者向け)(2025年8月)https://www.cao.go.jp/consumer/history/08/kabusoshiki/payment/doc/202508_payment_chuukan.pdf
3 詐欺的取引リスク、規制の隙間リスク、情報・交渉力非対称リスク、責任所在不明確リスク、過剰与信リスク、生活基盤侵害リスク。詳細は別添報告書 第5参照。
4 事業者の機能に基づく類型については、機能1(消費者に支払手段を提供する機能)、機能2(販売事業者に支払手段を提供する機能)、機能3(その他支払の実現に関与する機能)としている。詳細は別添報告書 第7参照。
5 消費者に支払手段を提供する事業者(機能1)は、提供する支払手段の仕組みや連絡先等の情報提供義務、苦情発生時の関係事業者と連携協力した苦情適切処理義務、過剰与信防止の調査義務など、支払手段提供事業の中核を担う事業者であり、その体制整備及び義務履行を確保するため、登録による行政的監督の下に位置付けることが重要である。
販売事業者に支払手段を提供する事業者(機能2)は、悪質加盟店による支払手段の利用を未然防止するため取引開始時及び苦情発生時の苦情内容に応じた加盟店調査措置義務を履行する重要な立場であり、その体制整備及び義務履行を確保するため、登録による行政的監督の下に位置付けることが重要である。
その他支払の実現に関与する事業者(機能3)は、前述のような直接的義務を負う立場ではないが、支払資金の移動の公正さの確保や、苦情適切処理と加盟店調査措置の連携協力の連絡を確保する観点から、関与事業者の名称や連絡先等は明らかにされるべきであり、届出制による行政的監督の下に位置付けることが重要である。
6 加盟店の債務不履行や詐欺などの違法行為が明白な場合やクーリング・オフや未成年者取消権の行使等、消費者側の正当な権利行使の場面について、消費者への請求留保の仕組みが重要である。
7 プリンシプルは、消費者が安心して支払サービスを利用するための基本的かつ業態横断的な到達点であり、各事業者には、その機能、規模及びリスクに応じ、当該到達点の実現に向けて合理的かつ継続的に取り組むことが期待されるものである。こうしたプリンシプル及び行為規範によって、事業者に通常期待される行為の水準が形成された場合には、当該水準に到達できているか否かが契約上の付随義務又は不法行為法上の注意義務の内容を判断する上で参考となる。
8 2008年の割賦販売法改正においては、販売方法調査義務、不適正与信の禁止及び取消権については、特定商取引に関する法律の5類型(訪問販売、電話勧誘販売、連鎖販売取引、特定継続的役務提供、業務提供誘引販売取引)に対象が限定された。近年のオンライン取引の拡大を踏まえ、消費者保護の観点から適切な対応を検討することが重要である。
9 この点については、研究者等による理論的な研究が深められるべきである。
以上