「東日本旅客鉄道の鉄道事業における旅客運賃の上限変更案」に関する消費者委員会意見
2025年7月9日
消費者委員会
消費者委員会は、本日、公共料金等専門調査会から、本件に関する意見の報告を受けた。
消費者庁において、本意見を踏まえ、国土交通省とともに適切に対応することを求める。
「東日本旅客鉄道の鉄道事業における旅客運賃の上限変更案」に関する公共料金等専門調査会意見
令和7年6月9日
消費者委員会公共料金等専門調査会
消費者委員会公共料金等専門調査会は、令和7年4月10日付で、消費者庁より消費者委員会に付議された「東日本旅客鉄道の鉄道事業における旅客運賃の上限変更案1」について検討した。変更案は、令和8年3月に、東日本旅客鉄道株式会社(以下「JR東日本」という。)において、首都圏に設定している「電車特定区間」及び「山手線内」の運賃区分を「幹線」に統合した上で、「幹線」及び「地方交通線」の普通旅客運賃及び通勤定期旅客運賃を改定するというものである。なお、家計負担を考慮し、「幹線」及び「地方交通線」の通学定期旅客運賃は据え置くこととされている(但し、「電車特定区間」及び「山手線内」の通学定期旅客運賃は「幹線」への統合に伴って改定される)。この結果、普通運賃については平均7.8%、通勤定期については平均12.0%、通学定期については平均4.9%、全体としては平均7.1%の値上げとなっている。値上げ率の内訳は以下のとおりである。
- 幹線・地方交通線
運賃区分 |
普通運賃 |
通勤定期 |
通学定期 |
幹線 |
4.4% |
7.2% |
改定なし |
地方交通線 |
5.2% |
10.1% |
改定なし |
- 電車特定区間・山手線内(幹線に統合)
運賃区分 |
普通運賃 |
通勤定期 |
通学定期 |
電車特定区間 |
10.4% |
13.3% |
8.0% |
山手線内 |
16.4% |
22.9% |
16.8% |
公共料金等専門調査会では、令和7年4月14日及び5月12日に国土交通省及びJR東日本からのヒアリングを実施する等、3回にわたって審議を行った。その結果を踏まえた当専門調査会の意見は以下のとおりである。
1.結論
- 変更案については妥当であると認められる。
2.理由
- 鉄道運賃制度においては、能率的な経営の下における適正な原価と適正な利潤を合計した総括原価と総収入の収支均衡を図るという総括原価方式の考え方に立ち、こうした収支均衡が担保されるよう、個々の運賃の上限を認可する枠組み2が採用されている。
- 鉄道運賃水準の算定根拠となる総括原価の算定方法を定める「JR旅客会社、大手民鉄及び地下鉄事業者の収入原価算定要領」(以下「収入原価算定要領」という。)については、令和6年4月1日の改定において、減価償却費等の算定方法の改善等、鉄道事業の安定的・持続的な運営を確保していく観点からの見直し3が行われている。この点、国土交通省からは、今回の変更案の審査に際して、改定後の収入原価算定要領に沿った対応が行われていることを確認した上で、原価計算期間(平年度)である令和8年度から令和10年度までの3年間の運賃算定の基礎となる適正な総括原価は6兆1,131億円、総収入は6兆1,039億円と推定される4旨の説明があった。
- 当専門調査会では、収入面では新しい生活様式の定着に伴う鉄道利用の減少や今後の更なる沿線人口の減少を反映した将来輸送量の推計、費用面では昨今の物価高騰による経費増及び人材確保・定着に向けた待遇改善に伴う人件費増に加えて、事業報酬の水準等についても確認した。
- また、審議の過程では、国土交通省に対し、減価償却費の算定内容に関する詳細資料の提出を求めて、設備投資計画の内容の妥当性と実施の蓋然性等を確認したほか、JR東日本に対し、運賃改定の必要性や「電車特定区間」及び「山手線内」の運賃区分を廃止して「幹線」に統合する理由5等に関する詳細資料の提出を求めるなど、多様な視点から変更案についての議論を深めたところである。
- その結果、旅客運賃等の上限による総収入が能率的な経営の下における適正な原価に適正な利潤を加えたものを超えないものである6との予測に一定の合理性があると判断した。
- 以上の審議結果により、1.の結論とする。
3.留意事項
国土交通省及びJR東日本は、以下の点について留意すべきである。
(1)運賃改定に関する消費者への丁寧な周知・説明について
- JR東日本の直近の業績が好調である中で申請された今般の運賃改定は、消費者に少なくない負担を生じさせる一方で、改定の内容・理由や消費者の生活に及ぼす具体的な影響に関して適時・適切な周知・説明が行われているとは言い難い。特に、「電車特定区間」及び「山手線内」の運賃区分が適用されるエリアについては、「幹線」への統合に際して当該運賃区分が廃止されることに伴い、通勤・通学定期を含めて、他のエリアに比べて値上げ幅が大きくなっている7。こうした区分変更に伴う運賃改定に際しては、運賃区分別の収支状況を可能な範囲で公表する等、透明性を高める努力が必要である。
- 今般の運賃改定が、鉄道設備の強靱化やセキュリティ対策、老朽化した車両・設備の更新等、JR東日本が展開する広範な鉄道ネットワークの持続的な維持や輸送サービスの改善に必要なものであることについて、消費者の納得を得るよう説明を尽くすべきである。
- また、安全性・利便性・快適性の向上に関する具体的な進捗状況や成果を積極的に開示する等、消費者に対する丁寧な説明を継続的に行うことが望ましい。
(2)安全・安心の確保及び今日的な課題への対応について
- 時代の変化に伴って鉄道事業の果たす役割が高度化する中、鉄道事業者には、安全・安心の確保はもとより、自然災害・カーボンニュートラル・ユニバーサルデザインへの対応等、今日的な課題を解決するための様々な設備投資を計画的に実施していくことが求められている。そのため、今般の運賃改定による収入増を踏まえ、大規模地震対策(耐震補強工事の実施)、エネルギー・環境対策(水素ハイブリッド電車の実用化検証)等の中長期的な視点に立った取組を進めることが重要である。さらに、事故防止対策(踏切障害物検知装置の整備)、ホームドア整備(整備対象路線の拡大)、防犯対策(駅や車内の防犯カメラ設置)等による安全性の向上や、駅改良(バリアフリートイレや大型エレベーターの新設)等による利便性・快適性の向上など、全ての消費者が改善を実感できる取組を着実に進めるべきである。
- 国民生活に不可欠である鉄道事業を巡る経営環境が地域の置かれた状況に応じて大きく変化し、社会や利用者が鉄道事業に求める役割・サービスが多様化する中、鉄道事業者には、消費者の行動変容やニーズの変化を的確に捉えたサービスを機動的に提供していくことが求められている。そのため、今般の運賃改定を契機として、混雑率の現状を踏まえた列車運行本数の拡充等による混雑・遅延の解消や、みどりの窓口等におけるサービスレベルの改善に加えて、輸送サービスの対価である運賃・料金に関する様々な提案(ピーク時間外の通勤促進による利用の平準化や混雑緩和を目的とした定期券の導入、混雑状況や季節・時間帯に応じた運賃・料金設定等)に柔軟に対応するための投資を戦略的に進める等、消費者の利便性・快適性を更に向上させるべきである。
- また、運賃改定についての消費者の理解を得るためには、これらの取組・投資に関する具体的な整備内容や改善効果等に関して、広報媒体を工夫しながら、わかりやすく継続的に周知することが必要である。
公共料金等専門調査会は、留意事項の対応状況等について、必要に応じて国土交通省へのヒアリングを含めた事後検証を行うこととしたい。
以上
- https://www.jreast.co.jp/2026unchin-kaitei/assets/pdf/shinsei.pdf
- 総括原価方式に基づく上限認可制度は平成9年に導入され、平成11年に成立した鉄道事業法の改正により法制化された。国土交通大臣は、鉄道運送事業者が定めた旅客運賃の上限の変更の認可にあたっては、同法第16条第2項に基づき、旅客運賃等の上限による総収入が能率的な経営の下における適正な原価に適正な利潤を加えたものを超えないものであることを確認の上、同法第16条第1項の認可をするものとされている。
- 併せて、人件費の算定方法(人材確保の観点)や修繕費用の取扱い(災害からの復旧の観点)等の改善も図られた。
- 収入原価算定上における平年度の収支率(総収入(上限運賃)を総支出(総括原価)で除した値)は、99.8%と推定される。
- JR東日本は、「電車特定区間」及び「山手線内」の運賃については、他鉄道事業者との競合状況等を踏まえ、基本となる「幹線」の運賃から据え置く形で導入され、当時の運賃水準のまま約40年が経過していることや、今後計画している設備投資額(平年度)の7割程度を首都圏が占めていること等を挙げている。
- 運輸審議会は、令和7年4月1日に、変更案について国土交通大臣が認可することは適当であると認める旨を答申している。
- 値上げ幅の大きさを考慮し、激変緩和措置の導入を求める意見が多く出された。これに対し、JR東日本からは、一定期間の運賃等の据置・割引による増収額の減少が今後の設備投資や消費者の利便性の確保に影響を生じ得る懸念があること、運賃改定のコストは1回毎に数億円から数十億円が見込まれる一方で、これらの費用は原価に反映されて消費者負担が増加する懸念があること等から、激変緩和措置の導入は困難と考える旨の説明があった。