特定商取引法及び預託法における契約書面等の電磁的方法による提供についての建議

2021年2月4日
消費者委員会

特定商取引法及び預託法における契約書面等の電磁的方法による提供についての建議

社会全体におけるデジタル化の推進の必要性や、新型コロナウイルス感染症への対応等を背景として、消費者庁においては、消費者の保護を損なわないようにするとともに、他法令の例も参照し、事業者に対し契約締結前後に契約書面等の交付を義務付けている特定商取引に関する法律(昭和51年法律第57号。以下「特定商取引法」という。)の各取引類型(通信販売を除く。)及び特定商品等の預託等取引契約に関する法律(昭和61年法律第62号。以下「預託法」という。)において、消費者の承諾を得た場合に限り、消費者に交付する契約書面等について、電磁的方法により提供することを可能とすることが検討されている。

こうした社会的な要請に迅速に対応することは重要であるが、特定商取引法及び預託法は、消費者トラブルを生じやすい特定の取引類型を対象として、それぞれの取引類型の特徴に鑑み、消費者の保護を図る観点から様々な規律を設けており、その中でも、消費者に十分な情報を提供してその合理的な意思決定の機会を確保し、消費者トラブルを防止する観点から、事業者に対し、契約書面等の交付を義務付けている。また、契約書面等は、その交付時がクーリング・オフ期間の起算点となるなど、消費者の権利行使及び被害救済を図る上でも重要な機能を有していると考えられる。契約書面等の電磁的方法による提供を可能とすることについては、こうした契約書面等の制度趣旨を踏まえ、取引類型ごとの契約の性質や実態等を考慮しつつ、消費生活相談の関係者等の意見を聴取した上で十分に検討を行い、その機能が維持されるようにしなければならない。

さらに、デジタル化は、消費者の保護を図る上でも重要であり、社会全体のデジタル化を推進する上では、単に事業者の事業活動の発展や効率化等を図るだけではなく、デジタル技術を消費者の利益のためにも広く活用して、消費者の利便性の向上を図るとともに、デジタル技術によって、消費者トラブルの防止及び被害救済を図り、更なる消費者の保護につなげることが必要である。このような観点から特定商取引法及び預託法の規律を見直す際には、特に、消費者のクーリング・オフの通知について、デジタル化により消費者の利便性の向上を図りつつ権利行使の選択肢を増やしてその機能を強化するために、当該通知を電磁的方法によっても可能とするよう措置を講ずべきである。

以上を踏まえ、当委員会としては、消費者トラブルの防止を図り、契約書面等による消費者の保護、権利行使及び被害救済の機能を維持するとともに、デジタル技術を活用した消費者保護を図る観点から、消費者庁及び消費者委員会設置法(平成21年法律第48号)第6条第2項第1号の規定に基づき、内閣府特命担当大臣(消費者及び食品安全)に対し、次のとおり建議する。

また、本建議への対応について、内閣府特命担当大臣(消費者及び食品安全)に対し、その実施状況の報告を求める。

第1 契約書面等の電磁的方法による提供の在り方について

(建議事項1)

消費者庁は、契約書面等の電磁的方法による提供に関し、特定商取引法及び預託法の内容及び両法による規制の特徴、取引類型ごとの契約の性質や実態、契約書面等の交付の意義、並びに消費者トラブルの実態を考慮し、契約書面等の機能を維持する観点から、以下の点について、その在り方等について消費生活相談の関係者等の意見を聴取して十分に検討を行い、必要な措置を講ずべきである。

(1)消費者の承諾の取得の実質化
ア 消費者から得られる承諾は真意に基づく明示的なものでなければならず、安易に承諾が取得されないための手立てを講ずること。
イ 消費者に対し、承諾前において承諾の効果等について十分な情報提供がされ、消費者が承諾の効果等を理解した上で承諾するように措置を講ずること。
(2)電磁的方法による提供の具体的方法
 契約書面等の内容が消費者にとって重要なものであることが確実に分かるよう、できる限り書面と同様に、一覧性を保った形で閲覧可能であり、かつ、消費者にとって容易に保存可能であること。
(3)クーリング・オフ期間の起算点の明確化と承諾の取得に関する立証責任
ア 契約書面等を電磁的方法により提供する場合のクーリング・オフ期間の起算点を明確にすること。
イ 消費者の有効な承諾を得たかどうかの立証責任は、事業者側にあることを明確にすること。
(4)法施行後の実態把握と検討
 電磁的方法による提供に伴う消費者取引の状況や法令等の運用状況について、その実態を把握し、法令に違反した事業者に対しては、迅速かつ厳正な法執行を行うとともに、それを踏まえ、電磁的方法による提供の在り方について、前記(1)から(3)までの措置の実効性を検証した上、必要に応じ、見直しを含め検討を行うこと。

(理由)

1 特定商取引法及び預託法の特徴

特定商取引法及び預託法の規定の適用の対象となる取引類型については、以下のような特徴がある。

特定商取引法の定める取引類型においては、通常の商取引とは異なり、消費者が突然の勧誘を受けたり、ビジネスに不慣れな消費者が利益を収受し得るとして仕組みの複雑な取引に勧誘されるなど、消費者が受動的な立場に置かれ、契約締結の意思形成において、事業者の言葉に左右される面が強く、また、消費者の長期・高額の負担を伴う取引であるため、契約締結の際に、消費者が熟慮する機会を保障する必要性が高い。

預託法の定める取引類型は、物品を預けておくだけで利益が出るといった「顧客誘引力」や利益を捻出できる運用が可能か否か不明な「取引破綻リスク」が内在し、消費者が不当な損害を被ることがある取引である。また、販売を伴う預託等取引契約については、今般、原則禁止等の方向で法改正が検討されている。

2 契約書面等の交付義務

上記1の特徴等に鑑み、特定商取引法及び預託法においては、消費者に十分な情報を提供してその合理的な意思決定の機会を確保し、消費者トラブルを防止する観点から、事業者に対し、契約書面等の交付を義務付けている。

すなわち、特定商取引法及び預託法において交付が義務付けられている契約書面等では、勧誘の段階と契約の段階のそれぞれにおいて、取引の対象となる商品・役務等の内容や取引条件等について、所定の大きさの文字により、必要に応じ赤字で印字されることなど消費者にとって目立つ形式によって十分な情報を提供し、その交付時から起算して一定の期間は消費者によるクーリング・オフを可能とすることにより消費者に熟慮の機会を与える意味合いを有している。

これによって、消費者が取引の対象や条件を確認しないまま取引をしたり、それらが曖昧であること等から生ずる消費者トラブルを防止するとともに、トラブルが発生した場合には消費者がクーリング・オフをすることによって被害救済が図られている。

特に、クーリング・オフとの関係では、契約書面等の記載に不備があった場合は、クーリング・オフの期間が経過しないと解されていることから、消費生活相談や裁判の実務上は、契約書面等が証拠として重要な意味を持つとともに、トラブルを解決する過程において重要な機能を有していると考えられる。

3 電磁的方法による提供に係る懸念事項

このように、契約書面等は重要な意味を持つと考えられるが、電磁的方法による提供と比較した場合、書面を一覧することができるために理解をしやすいことや、家族や見守りの業務に従事する者等の第三者が視認をしやすいことが、優れた点として認められるものと考えられる。

また、高齢者や障害者を始めとして、消費者の中にはデジタル機器・サービスに関する基礎的リテラシーが不足し、スマートフォンやパソコン操作が不得手な者も一定数存在することから、デジタル技術に関する消費者の弱みにつけ込んだ消費者トラブルが発生することが懸念される。若年者等が、デジタル技術を日常的に活用するがゆえに、消費者トラブルに巻き込まれがちであることにも、注意を要する。

加えて、契約書面等が電磁的方法により提供されると、電磁的方法による提供の具体的な態様や、当該消費者のデジタル技術・デジタル機器への習熟度によっては、契約が締結された事実や契約の内容が明確に認識されず、消費者に熟慮の機会が与えられないことが懸念される。

4 参入規制の有無

さらに、電気通信事業法(昭和59年法律第86号)や金融商品取引法(昭和23年法律第25号)等、一定の分野においては、既に、書面の電磁的方法による提供が可能とされているところであるが、これらの分野においては事業者の登録制又は許認可制といった参入規制が採用されている。これに対し、特定商取引法及び預託法においては、参入規制が採用されておらず、行政や自主規制団体が全ての事業者の状況を把握しているわけでもない。また、これまでも数々の消費者トラブルの発生に応じ、法改正が積み重ねられてきていることも踏まえる必要がある。

5 消費者保護のために実施されるべき事項

こうしたことから、契約書面等を電磁的方法によって提供するに際しては、以下の事項が実施されるべきである。

(1)消費者の承諾の取得の実質化

第1に、消費者の承諾の取得の実質化が担保されることが必要である。

すなわち、消費者から得られる承諾が有効であるためには真意に基づく明示的なものでなければならず、安易に承諾が取得されないための手立て(例えば、消費者側に、何ら承諾をした覚えがないまま、契約書面等が電磁的方法によって提供されており、クーリング・オフの期間が経過してしまった等の消費者被害が発生しないようにする手立て)を講ずることが必要である。具体的には、電話や口頭のみで承諾を取得することや、ウェブ画面において承諾することをデフォルトとして設定すること等については、慎重であるべきであり、その点を、ガイドライン等で明確化すべきである。

また、承諾が取得されることによって、契約書面等の電磁的方法による提供を可能とする場合、特に契約を締結する消費者が電磁的方法による提供の意味を理解した上で承諾することが必要である。その前提として、消費者にとって承諾前における事業者からの情報提供が重要な意義を有することになると解され、例えば、消費者の年齢や判断力等も考慮した上で、承諾の効果、用いられる電磁的方法の種類及び内容、クーリング・オフ期間の起算点等について、あらかじめ、消費者に対し十分な情報提供がされることが必要であり、その点を、ガイドライン等で明確化すべきである。

(2)電磁的方法による提供の具体的方法

第2に、電磁的方法による提供の具体的方法を適切に限定することが必要である。

契約書面等を電磁的方法により提供する場合は、前提として、消費者が契約を締結した事実を明確に認識できることが必要である。その上で、契約書面等の内容が消費者にとって重要なものであることが確実に分かるようでなければならず、できる限り書面と同様に、一覧性を保った形で閲覧可能である必要があり、かつ、証拠としての意味を持つよう、消費者が電磁的方法により提供されたファイル等を容易に保存することができるようにすることも必要である。このため、例えば、PDFファイルを添付してメールで送付することなど、方法を適切に限定することが必要である。

(3)クーリング・オフ期間の起算点の明確化と承諾の取得に関する立証責任

第3に、クーリング・オフ期間の起算点を明確化するとともに、承諾の取得に関する立証責任を明確化することが必要である。

契約書面等を電磁的方法により提供する場合のクーリング・オフ期間の起算点については、消費者の権利行使の機会を確保する観点から、ガイドライン等において明確にすることが必要である。

また、消費者の承諾を得た場合に限り、電磁的方法による提供を可能にするという枠組は、原則として書面が交付されなければならず、例外的に電磁的方法による提供が可能になるということを意味する。したがって、クーリング・オフという民事的な効力を持つ制度を適用する上で、消費者の有効な承諾を得たかどうかの立証責任は、事業者側にあるものと解される。このことを明確にすることが必要である。

(4)法施行後の実態把握と検討

なお、上記のような悪用による消費者トラブルの発生が懸念されることから、電磁的方法による提供に伴う消費者取引の状況及び法令等の運用状況について、その実態を把握し、法令に違反した事業者に対しては、迅速かつ厳正な法執行を行うとともに、それを踏まえ、電磁的方法による提供の在り方について、前記(1)から(3)までの措置の実効性を検証した上、必要に応じ、見直しを含め検討を行うことが必要である。

以上を踏まえ、消費者庁は、上記建議事項1に基づく措置を講ずべきである。

第2 デジタル技術を活用した消費者の保護及び消費者教育等

(建議事項2)

消費者庁は、高齢者や障害者等、デジタルツールに不慣れな消費者や、デジタルツールに慣れていながらもトラブルに巻き込まれやすい若年者等における被害の未然防止・拡大防止を図り、デジタル化を更に消費者保護につなげるという観点から、以下の取組を行うことが必要である。

(1)デジタル技術を活用した消費者保護
ア 消費者のクーリング・オフの通知について、電磁的方法によることが可能となるよう措置を講ずること。
イ デジタル技術を活用した消費者保護の取組を推進すること。
(2)消費者のデジタルリテラシー向上に向けた消費者教育を一層充実・強化すること。
(3)消費生活相談体制を含め、消費者行政のデジタル化を推進すること。

(理由)

1 デジタル技術を活用した消費者保護

(1)電磁的方法によるクーリング・オフの通知

消費者のクーリング・オフの通知については、現行法上、書面でしなければならないこととされている。社会のデジタル化に対応する観点からは、消費者の利便性の向上を図りつつ権利行使の選択肢を増やしてその機能を強化すべきであり、当該通知を電磁的方法によっても可能とするよう措置を講ずべきである。その際、現行法の規定上、口頭による場合であっても、一定の場合には、クーリング・オフの通知として認める裁判例があることも踏まえ、解釈の余地を不必要に制約しない規定を検討する必要がある。

(2)デジタル技術を活用した消費者保護の取組の推進

前記(1)のほか、さらに、事業者に対し、高齢者や障害者等のデジタルツールに不慣れな消費者や、デジタルツールに慣れていながらもトラブルに巻き込まれやすい若年者等に配慮し、消費者に対し分かりやすい情報提供や、デジタル技術を活用した消費者保護の仕組みを充実・強化するよう促すことが必要である。

例えば、検索機能や保管性を高める、契約書面等の難しい用語の解説をリンクでひもづける、消費者の認識を高める観点から、電磁的交付やクーリング・オフ期間等についてリマインドを行う、メール等の方法により送付した場合に開封確認を行う、契約締結前後における事業者によるサポート体制の充実という観点から、問合せのためのメールフォーム等の設置や契約締結に際しクーリング・オフのためのメールフォームも併せて消費者に送付すること等が考えられる。

2 消費者教育の充実・強化

高齢者等のデジタルツールに不慣れな消費者が一定数存在すること、大学生、高校生及び中学生等の若年者においては、デジタルツールを日常的に活用するがゆえに、消費者トラブルに巻き込まれがちであること、成年年齢引下げを踏まえた若年者に対する消費者教育の必要性が高いこと等を考慮し、消費者の属性に応じて消費者のデジタルリテラシー向上に向けた取組を一層強化し、あわせて、契約書面等を確認することの重要性についても、一層の周知啓発を推進することが必要である。また、消費者トラブルの実態及び消費者教育の効果を不断に把握し、消費者に対し、適切な情報提供や実態に合わせた消費者教育を行うべきである。

3 消費者行政のデジタル化

社会のデジタル化に対応した消費生活相談業務が行える環境を整備することが必要であり、勧誘時、契約締結時等において、消費者からの相談にきめ細かく対応するため、消費生活相談体制を含め、消費者行政のデジタル化を推進すべきである。

以上を踏まえ、消費者庁は、上記建議事項2に基づく措置を講ずべきである。

以上