公益通報者保護制度に関する意見 ~消費者庁の実態調査を踏まえた今後の取組について~

2013年7月23日
消費者委員会

 消費者庁は、公益通報者保護制度に関し、本年6月25日に民間事業者及び行政機関における通報処理制度の運用状況並びに通報経験者及び労働者の公益通報に関する経験・意識等に関する調査結果を公表し、同日開催の第124回消費者委員会において報告を行った。
 当委員会は、平成23年2月の「公益通報者保護専門調査会」報告書を踏まえて同年3月に発出した「『公益通報者保護制度』の見直しについての意見」において、消費者庁に対し、法や通報処理制度の実態について、法の運用、適用、遵守状況も含め、公益通報に関連する紛争の実情・実態を調査して傾向・問題点を洗い出し、また、法制度の周知が進まない原因をさらに調査探索することを求めるとともに、法の周知や啓発、運用の充実などについて検討を行うことを求めていたところである。
 当委員会は、この調査で明らかとなった法制度の課題等を踏まえ、今後の方策及び当委員会として重要と考える論点について、下記のとおり意見を述べる。


1.調査で明らかになった課題について

 消費者庁では、調査結果を踏まえ、課題として次の3点を挙げている。
 (i) 労働者において法制度の認知が進んでいない
 (ii) 中小企業において法制度の認知及び内部通報制度の導入が進んでいない
 (iii) 内部通報制度導入事業者においても取組状況は様々である
 上記課題は、従来から認識されていた課題であり、今般の調査によって改めて裏付けられたものであるが、このような実情が改善されない原因と必要な対策の掘り下げがなお求められるところである。
 消費者庁では、上記課題について、労働者に対する周知徹底及び事業者に対する周知・導入促進のための方策についての更なる検討を行うとしているが、その前提として、事業者の規模や事業者・労働者の別を問わず、社会全体で法制度の正しい理解を広げ、底上げしていくことが重要であり、そのための工夫・努力を進めていく必要がある。上記の課題に対処するために重点的に取り組むべき方策として、以下の事項を指摘する。


(1)中小企業に対する法制度の周知促進について

  • ・情報の周知方法の改善
     報告書によれば、法が比較的よく認知されている従業員数の多い事業者においては、その認知媒体として消費者庁のホームページ及びパンフレット・ハンドブック、並びに説明会・シンポジウムを挙げる割合が比較的高くなっている。
     ついては、法を知らない事業者が消費者庁によるこれらの取組に接する機会を増やすべく、各種メディアの効果的な活用、パンフレット・ハンドブックの提供方法の改善等について検討されたい。

  • ・業界団体、同業者等を通じた認知機会の提供の促進
     業種別で法の認知度が最も高い「金融・保険業」では「業界団体、同業者等」を通じた認知が最も多い。また、「他社の動向を把握し比較することはコンプライアンスの施策を考えて行くうえでの一つの柱」とする回答もみられた。
     これらを踏まえ、他業種においても「業界団体、同業者等」を通じた認知機会の提供を促進する方策(所管省庁を通じて促すことを含む)を検討されたい。また、中小企業団体、労働組合等を通じた同様の方策も検討されたい。

(2)労働者に対する法制度の周知徹底について

  • ・労務提供先による労働者への周知活動の支援
     報告書によれば、法を「よく知っている」「ある程度知っている」と回答した労働者は10.5%にすぎない。法を「よく知っている」と回答した労働者は、労務提供先(社内研修、社内報等)で知った割合が最も高いが、労務提供先における周知活動は38.8%の事業者において何ら行われておらず、その割合は従業員数が少ない事業者ほど高い。
     ついては、中小企業による労働者への周知活動の支援として、中小企業が容易に活用できる社内研修用教材等の整備・提供等(所管省庁や業界団体等を通じた整備・提供等を含む)の促進を検討されたい。

(3)内部通報制度の導入・取組の促進について

  • ・マニュアル・規程(例)の提供方法・内容等の改善
     未導入事業者の57.3%が、導入検討に当たって必要としている情報等として「内部通報制度の設置・運営に関するマニュアル」を挙げ、消費者庁がウェブサイト等において提供するガイドラインや内部規程例・様式例等について周知が行き届いていない状況である。
     このため、内部通報制度に関するマニュアル等の周知・提供のあり方について、アクセス・入手のしやすさや掲載内容、使い勝手等を利用者の目線で検証し、見直しを検討されたい。

  • ・コンプライアンスに資する取組であることの周知
     報告書によれば、事業者において、法の認知度に比べ、内部通報制度を導入している割合が低く、その理由として「優先度が低い」、「必要性を感じない」等が多い。
     法を知っていながら制度未導入の事業者に導入を促すには、導入による積極的なメリットを周知することが有用と考えられる。内部通報制度の導入促進に当たっては、公益通報者保護制度の目的が通報者の保護を通じた事業者のコンプライアンス(法令遵守)経営の強化にあること、事業者にとっては、内部において法令違反を発見・解決しやすくすることによって違反を抑止することや違反の事実による損害を最小限に止めることに導入の意義があることを強調すべきである。

  • ・規格・認証制度の利用・整備
     内部通報制度を導入するインセンティブとして、規格・認証制度を利用することが考えられる。たとえば、ISO国際規格の1つであるISO26000(社会的責任に関する手引)は、社会的責任を果たすための原則として「公正な事業慣行」を掲げ、これを実現するための行動例として「内部通報・相談窓口の設置」をあげている。この規格は、これに則った運営を行う組織に一定の評価を付与するものであって、平成24年3月にはJIS規格化もされており(JISZ26000)、事業者のインセンティブになり得る。
     このような既存の規格制度を周知するほか、新たな規格・認証制度を整備して内部通報制度導入の促進を図ることも検討してはどうか。

2.当委員会として検討を求める事項

 上記のほか、調査から浮かび上がった課題及び従来から当委員会として認識していた課題について、次のとおり意見を述べる。

(1)通報者の保護について

  • ・通報者の不利益取扱い禁止の実効性を高めるための方策の検討
     報告書によれば、労働者調査に対する有効回答者3,000人のうち、内部通報・相談の経験者が42人おり、このうち、通報・相談によって不利益な取扱いや事実上の嫌がらせを受けたと回答した人が各9人(21.4%)、解雇されたと回答した人が3人(7.1%)いた。また、外部通報の経験者の中には、通報後に職場で誹謗中傷を受けたとの指摘をする者もいる。なお、最初に通報する場合の通報先として労務提供先ではなく行政機関等を選択すると回答した労働者の43.3%が労務提供先へ最初に通報しない理由として「労務提供先から解雇や不利益な取扱いを受けるおそれがある」ことを挙げている。
     通報又はその相談によって不利益を被ることに対する労働者の不安が解消されなければ、公益通報により労務提供先である企業を改善し、ひいては社会の安定・発展に資するという労働者の意欲を削ぐばかりか、かえって萎縮させる。「公益通報者保護制度」が広く社会に浸透するためには、法制度の周知徹底もさることながら、通報者を保護するという法目的の実効性を担保することが必要である。通報者に対する不利益取扱い・解雇を禁ずる規定の実効性を高めるため、違反した事業者に対して一定の不利益を課す制度の導入等、事業者の法令遵守に対する動機づけとなり得る方策について検討すべきである。

  • ・通報内容を裏付ける資料の収集の困難性への対応
     報告書では、通報経験者や相談を受けた弁護士等から通報内容を裏付ける資料収集の困難性が指摘され、機密情報の漏えいによる民事上・刑事上の責任追及をおそれて通報を断念する労働者の例が複数挙げられている。
     このような問題への対応策として、ガイドライン・規程例等により、内部通報制度において、通報者に対する懲戒処分の発動を減免する旨の規定を設けるよう推奨することを検討してはどうか。

(2)相談窓口について

  • ・消費者庁の取組の位置づけ
     消費者庁が運営している「公益通報者保護制度相談ダイヤル」には、年間平均約1,000件程度の質問・相談が寄せられている。これらの質問・相談についても、法や通報処理制度の実態を示す貴重な情報として十分に活用すべく検証・分析を行い、その検証結果を踏まえて、必要に応じて適切な措置を講じられたい。
     なお、寄せられた相談事例は、「公益通報ハンドブック」やウェブサイトの「通報・相談Q&A集」に一部掲載されているが、平成19年7月に公表された「公益通報者保護制度相談ダイヤル相談事例集」のようなまとまった形での公表も検討されたい。

  • ・民間における相談窓口の周知、増設
     報告書では、通報に関する事前相談や通報時のバックアップを受け付ける社外の窓口が必要であるとの指摘が複数の通報経験者や弁護士からなされる一方、弁護士会による相談窓口の存在は十分に周知されていない。
     公益通報者保護制度の普及促進のためには、消費者庁の運営する相談窓口のみならず、民間における相談窓口を十分に活用すべきであり、そのための方策として、弁護士会による相談窓口の周知を徹底するとともに、業界団体等を単位とした相談窓口の設置を検討してはどうか。

(3)通報先について

 (i)内部通報

  • ・社外窓口設置の推奨
      内部通報制度において、匿名通報の受付窓口として社外窓口を指定しているとする事業者が複数あり、社内窓口による個人情報保護に対する不安から社外窓口の必要性を訴える通報経験者も複数いる。しかし、実情は、事業者の38.0%は設置場所を社内のみとしており、従業員数が少ない事業者ほどその割合は高くなっている。
     ついては、ガイドライン等により、内部通報制度において社外窓口の導入を推奨することを検討されたい。

     
  • ・受付機関の拡大
     社外窓口を設置する場合、アンケート結果では法律事務所(顧問弁護士)に委託する例が58.0%と過半数を占めるが、顧問弁護士を公益通報の窓口とすることは利益相反の観点から問題も指摘されるところである。ついては、内部通報の受付窓口として、弁護士会や法テラス等のその他機関を利用するしくみを検討してはどうか。

 (ii)外部通報

  • ・行政機関の対応力の向上
     報告書によれば、労働者が通報する場合の通報先として、「労務提供先から解雇や不利益な取扱いを受けるおそれがある」ことを主な理由に、労務提供先ではなく行政機関を選択するという回答も多く(41.9%)、中立的な第三者である行政機関に対するニーズ・期待は高い。しかし、行政機関への通報の実態については、「担当者が異動になった後に、後任の担当者に連絡をしたところ全く情報が引き継がれておらず何の対応もされなかった」、「通報しても改善されず放置されている、うやむやになっている」、「行政機関への通報は敷居が高い」などと指摘されている。
     ついては、外部通報窓口としての行政機関に対する労働者の信頼を一刻も早く回復すべく、通報受付機能の改善・強化のためのさらなる検証・方策について検討されたい。

  • ・外部通報先の拡大
     また、行政機関への通報について、その敷居の高さや不安を少しでも解 消する方策として、外部通報受付機関を設けること、又は既存の機関を外部通報先として利用することも検討してはどうか。

(4)通報内容について

  • ・公益通報に該当しない通報に対する対応の強化
     報告書によれば、内部通報制度で受け付ける通報内容について、事業者の多くは法が保護の対象として定める法令違反行為に限定しない運用としており、通報対象事実を限定していないと回答した事業者も31.1%にのぼっている。また、このような運用には、通報要件に関する労働者の判断の負担を軽減して萎縮を防ぐとともに、内部通報制度への信頼を高め、コンプライアンスに係る有益な情報を得るという本来の目的を達成するという意義があることも示されている。
     このような実態を踏まえ、公益通報に該当しない通報であっても受け付ける取扱いについて、ガイドライン、Q&A集等において具体化することを検討されたい。

 公益通報者保護制度は、公益通報者たる労働者の保護を通じて一般消費者の利益の擁護等にかかわる法令遵守を確保する重要な制度である。
 消費者庁においては、今般の調査結果を最大限に活用し、その検証・分析を通じて、法制度の周知のための方策のみならず、法制度の実効性を確保すべく、制度の運用改善及び法の改正を含めた措置を検討されたい。
 消費者委員会は、法制度をより消費生活の安心・安全に資するものとするため、これらの課題への取組状況について引き続き注視していくこととしたい。

以上