真のアフリカ人リーダーを生み出す ・ 有吉紅也 長崎大学熱帯医学研究所 教授~ 人材育成をしながら研究することの意味 ~

第1回野口英世アフリカ賞医学研究分野の受賞者であるロンドン大学衛生熱帯医学大学院(London School of Hygiene and Tropical Medecine(LSHTM))のブライアン・グリーンウッド教授は、野口英世アフリカ賞の賞金の1億円を活用し、長崎大学と協力し、アフリカの医学研究者の人材育成事業である、アフリカ-ロンドン-ナガサキ奨学金(ALN)を実施しています。

このALNの誕生、実施に長崎大学で深く関わり、ご自身もアフリカでの研究のご経験がある、有吉紅也長崎大学熱帯医学研究所教授に、日本エイズ学会に参加のために東京に来られた機会を捉えインタビューを行いました。有吉先生は、人材育成の真の狙いや、アフリカにいたからこそ見えてくるもの、「頭脳流出」に対する妙案について話してくださいました。

 

 


 

 

 有吉紅也教授
有吉紅也 教授
長崎大学熱帯医学研究所

専門は臨床疫学,熱帯医学,感染症学。発展途上国におけるHIV/AIDSを研究。第一回野口英世アフリカ賞受賞者グリーウッド博士とはアフリカでの研究時代からの旧知の仲であり、アフリカ―ロンドン―ナガサキ奨学金の創立に関わる。

 

現場の医学研究者を育てながらの研究スタイル

先生は、アフリカとのお付き合いが長いですが、きっかけは何ですか?

有吉教授:医学生時代にケニアを徒歩で旅行した経験がありまして、その時、現地のひとたちから、食べ物や水をわけてもらって暮らしていました。特に、私が病気をして倒れた時は、なんとか辿りついた村のひとたちから、3日間、看病をしていただきました。そのことが卒業して医者になった後も忘れられなかったのが、大きいと思います。

 

先生は、ガンビアではグリーンウッド教授とも一緒に研究し、一緒に地元の人々の臨床治療にも当たられたとお聞きしました。

MRCの研究所で撮影
医学研究協議会(MRC)の研究所で撮影した記念写真
後列左端が有吉教授、後列左から5番目がグリーンウッド博士
(写真提供 有吉教授)


有吉教授:1992年から1998年にかけて、Medical Research Council(MRC)(注:医学研究協議会;イギリス政府系の医学研究機関)の西アフリカのガンビアにある研究所にて、グリーンウッド博士と一緒に研究、臨床治療に当たりました。グリーンウッド博士は、以前から、研究をする際には、現場に立って患者の立場を理解しながら、同時に現地の医師・研究者の教育をしなければならないとの考えをお持ちでした。従来は、「サファリ・スタディー」と呼ばれるスタイルの研究、つまり、欧米の研究者が短期間アフリカに来て滞在し、標本を本国に持ち帰って行う研究が主流でした。しかし、アフリカ滞在の長いグリーンウッド博士は(注:ナイジェリアに15年、ガンビアに15年滞在)、自分自身で研究ができる優秀なアフリカ人研究者が育てば、アフリカ諸国の政府の政策を科学的思考に基づいて決めるのに役立ち、そのことが、アフリカの医療に貢献するとの考えから、アフリカ人研究者の教育にも熱心でした。グリーンウッド博士や私が働いていたMRCはイギリス政府系の研究機関ですが、イギリス本国でも、90年代中頃から、研究にあたっては人材育成も行うべきとの方針転換が行われ、その後、2000年代に入るとアメリカでも、Centers for Disease Control and Prevention(CDC)(アメリカ疾病予防管理センター)が、現場で現地の医師を育てながら研究するとのスタイルになりました。グリーンウッド博士は世界に先駆けて、途上国で研究を行う際の教育の重要性を訴えていたのです。

 MRC研究所で研究中の有吉教授
MRCの研究所で研究中の有吉教授

MRCの病院外来で診察中の有吉教授 
MRCの病院外来で診察中の有吉教授

 (写真はいずれも有吉教授提供)

 

アフリカの次世代へつながる人材を育てたい。
ロンドン大学と長崎大学の協力のもと生まれた、アフリカ―ロンドン―ナガサキ奨学金

 

アフリカ―ロンドン―ナガサキ奨学金(ALN)はどのようにして生まれたのでしょうか?

 

有吉教授:グリーンウッド博士が野口英世アフリカ賞を受賞された際は、私も、先生の長年にわたるアフリカの現地での研究が評価されて大変嬉しく思いました。そして、受賞後のグリーンウッド博士にお会いした際に、野口英世アフリカ賞の賞金全額をアフリカ人医学研究者の人材育成に使いたいと聞きました。そこで、せっかく日本ゆかりの賞の賞金であるし、長崎大学熱帯医学研究所の修士課程(注:この種の課程としては日本唯一)も軌道に乗ってきたところで、グリーンウッド教授のお弟子さんに長崎大学で講義をしてもらっているつながりもあったので、私から「一緒にやりませんか」と提案しました。グリーウッド教授からはご賛同いただき、現在のようなかたちになりました。

今年でALNは2年目(2期目)になりますが、毎年5名、計10名がこれまで選考され、その内4名が長崎に留学しています。皆まじめなすばらしい人材です。申請書には、候補者が第一希望として、長崎大学かロンドン大学かを選ぶ項目がありますが、意外と長崎を第一希望として選ぶ候補者が多いことに実は私も含めて驚いています。

毎年クリスマスの時期に、グリーンウッド先生と、先生のご親友にあたるジェフリー・ターゲット教授がお二人で一次選考を行い、絞り込まれた約20名を、さらにロンドン大学のシャバ・ジャファー教授、長崎大学から平山謙二教授(当時の熱帯医学研究所長)と私で、またアフリカ代表として、第1回野口英世アフリカ賞の医療活動分野の受賞者であるウェレ教授、それから元英国MRC研究所のリチャード・アデグボラ教授(現ビル&メリンダ・ゲイツ財団小児呼吸器感染症担当)の6名(グリーンウッド先生を除く)で点数をつけ、毎年2月頃グリーンウッド先生、ターゲット先生と私の3人で、可能な限り公平に最終選考を行ってきており、そろそろ第3期生の選考の時期です。多くの候補者の中から(注:第2期生には800名以上の応募があった)、本当に光る人材を掘り出す作業は大変ですが、惜しみなく、しかも手弁当で労力を費やすグリーンウッド教授らの姿を見ていると、真のアフリカ人リーダーを生み出すことが、アフリカへの最も本質的な貢献であるという信念が伝わり、私は心より敬服しています。なるべく多くのアフリカ人研究者が申請できるように、グリーンウッド先生の秘書も含め先生の複数名のスタッフが、ボランティアでALNの立派なホームページを立ち上げ、ペーパーレスで申請を可能にもしています。

このまま期待通りの人材が集まるようなら、3年目となる来年には、そろそろ将来の継続性について考えようと話しているところです(注:ALNは野口英世アフリカ賞の賞金の1億円を活用し、当初5年の予定(5期生まで)で開始されました)。

ALN奨学生を指導する有吉教授
ALN奨学生を指導する有吉教授
(写真提供 有吉教授)

人材育成にあたって重視されていることは何ですか?「頭脳流出」(注:欧米等へのアフリカの留学生が、留学後も、出身国に戻って学んだことを還元することなく、そのまま欧米等に留まる事態)についてはどうお考えですか?

有吉教授:広く医療従事者を養成することももちろん大切ですが、グリーンウッド教授は、長いアフリカ滞在の経験から、少数でも物凄く優秀な人間を養成すると、非常に大きなインパクトを生み出すという成功例を見てきています。逸材をみつけ、最高の教育を施し、リーダーたるべき真のエリートを育て、そしてそのリーダーが仁徳をもって行動すべきだとの信念をお持ちです。

「頭脳流出」に関してですが、多くのアフリカの留学生は、アフリカに戻りたいという気持ちを持っています。ただし、戻っても、学んだことを活かして研究できる環境がないことが、アフリカに戻りにくくさせています。ですので、アフリカに戻りたいと思うような環境をアフリカに作ることが重要です。その観点からは、優秀なアフリカ人留学生に対して、「本国に戻るなら、あなたの研究のために支援をします」といって、後押しすることが必要だと思います。そして、最終的な理想形は、そうやって育てた(育てられた)人間が、自ら次の世代を育てていけるようにすることです。
(インタビューは2011年11月30日に都内にて行いました)

【参考】

アフリカ―ロンドン―ナガサキ奨学金(ALN)について


第一回野口英世アフリカ賞・医学研究部門受賞者であるブライアン・グリーンウッド博士が野口英世アフリカ賞の賞金1億円を使用し、イギリスのロンドン大学衛生熱帯医学校と長崎大学熱帯医学研究所の協力のもと設立しました。
対象者は熱帯医学の研究を行っている修士課程の学生です。毎年5名の学生を選考し、ロンドン大学衛生熱帯医学校における研修か、遠隔教育プログラムによる履修、または長崎大学熱帯医学研究所における研修を受けるため、年間1学生あたり最大5万ドルの援助が行われています。
詳しくはALNの公式サイト(英語のみ)をご覧ください。
アフリカ―ロンドン―ナガサキ奨学金(ALN)公式サイト(英語のみです)別ウィンドウで開きます 

アフリカ―ロンドン―ナガサキ奨学金 留学生第一期生の声(ALNサイトより許可を得て転載します。(原文は英文で、野口英世アフリカ賞担当室にて和訳(抄訳)しました。)

 

アレックス・バラサ
長崎大学 熱帯医学研究所 臨床感染症学分野 修士課程

アレックス・バラサ
ALNのおかげで、熱帯医学に関する包括的な知見、理解を身に着ける事ができ、ありがたく思っています。そのことによって私の医学者としてのキャリアも向上し、仲間たちと分かち合う事もできます。
長崎大学熱帯医学研究所で学んでみて、熱帯医学の分野では私が思っていた以上にやるべき研究が沢山あることがわかりました。
今は、限られた資源、手段のもとで、より多くの人々を助けるためにも、より広い分野へ関心を広げなければと思っています。
またここに来て、チームワークとはただ一緒に働くだけではなく、目標達成のために助け合って力を合わせる事だと学びました。
研究を通じ、より多くの知識や技術を身に着けられる事を期待しています。

リマンジェニ・マンカンボ
ロンドン大学衛生熱帯医学校 修士課程
リマンジェニ・マンガンボ
ALNのロンドン大学衛生熱帯医学校のコースはとてもハイレベルで、前期は広範にわたる疫学と公衆衛生を履修し、後半は疫学の教育研究と疫学の統計的手法を履修しました。伝染病のコントロールと空間疫学についても履修し、最近では上級の疫学の統計的手法とエイズについての履修を終えたばかりです。

オーグスティン・ザングラナ
長崎大学 熱帯医学研究所 臨床感染症学分野 修士課程
オウグスティン・ザングラナ
私のここでの研究はオリエンテーションに始まり、続いて私の論文テーマに取りかかりました。私の研究テーマはマラリア原虫における特異的免疫不全性の調査への遺伝子学的アプローチです。
良き指導者と温かい研究室という環境にも恵まれ、ALNのコースでの経験を通じて多くの知識や技術を身に着けています。