マラリアについて平成20年3月26日 内閣府野口英世アフリカ賞担当室

マラリアとは、ハマダラカという蚊によって媒介される感染症である。

ハマダラカ

(出典:WHO/TDR/Stammers)

  • ヒトに感染するマラリア原虫は4種。(熱帯熱、三日熱、卵形、四日熱)。
  • もっとも危険なのは熱帯熱マラリア原虫。世界のマラリア感染例の約半数、マラリアの死亡の約95%を引き起こし、脳症の原因となるのがこのタイプ。
  • 症状は、主に発熱を伴う悪寒。発熱にとどまらず、脳症、急性腎不全、出血傾向、肝障害などの合併症が起き、これが死につながる場合が多い。(熱帯熱マラリアに多い)
  • 妊産婦やHIV感染者は、免疫力の低下からマラリアに感染すると重症化しやすい。

 

世界の人口の約40%がマラリアの危険にさらされている。

  • 熱帯・亜熱帯に広く分布する感染症で世界100ヶ国余りの国々で流行。
  • 年間3~5億人が感染している。
  • 年間100万人が死に至っている。
  • そのうちの90%がアフリカを占める。

 

マラリアはアフリカにおいて、5歳未満児死亡率の主要原因の一つである。
毎日3000人の子供がマラリアで命を落としていると言われている。

マラリアは”貧困の病(Desease of Poverty)”と呼ばれ、アフリカの経済成長を1.3%遅らせていると言われています。

  • 貧困家庭は、年収の25%をマラリアの予防・治療に費やしている。
  • マラリアは、政府の公衆衛生支出の40%を占めている。
  • マラリアに感染することによる悪循環
    子どもはこの病気で重症化すると学校に行けなくなり、大人は仕事に出られず収入が減っていく。
    (欧米や日本などの先進諸国では薬剤や殺虫剤の普及でまれな病気になった。)
  • 熱帯熱マラリアで油断ならないのは、たとえ死を免れても、後遺症が残る恐れがあること。
    (例)「歩行困難の原因が、脳神経の損傷にあるとすれば、これからも後遺症に悩まされるかもしれない」

 

マラリアは予防も治療も可能な疾患

予防
□ 蚊帳

蚊帳

(出典:WHO/TDR/Crump)

  • ハマダラカがヒトを刺すのは、夜寝ている時がほとんどなので、蚊帳も有望な対策の一つ。殺虫剤を練りこみ繊維でできた防虫蚊帳の配布が有効。
  • 薬剤浸漬蚊帳(Insecticide Treated Net:ITNs)や長期残効型蚊帳(Long-Lasting Insecticide-treated Nets:LLINs)が予防の主流であり、Olysets®はLLINsで日本の住友化学の製品である。


□ 殺虫剤

殺虫剤散布


(出典:WHO/TDR/Crump)

  • DDTは、非常に安価で少量でも何ヶ月も効果が持続する殺虫剤・農薬であり、1940年代にはマラリアに対して「奇跡の薬」と考えられていた。
  •  DDTの大量散布による手法により1940年代~1960年代には、アメリカ、欧州、インド、南アフリカなど世界の各地でマラリア患者が激減。
  •  1960年代に入りDDTなどの農薬による生態系の破壊に警鐘を鳴らしたレイチェル・カーソンの著作「沈黙の春」が出版されると、これをきっかけに、農薬としてのDDTの使用は禁止されていき、残留農薬など環境汚染物質として認識された。
  •  DDTの使用禁止により再びマラリアが増加した地域がある。
  •  2006年、WHOは室内に限定したDDTの使用を推奨する方針をうちだした(室内残留性散布(Indoor Residual Spraying:IRS))

 

□ 蚊媒介の発生源の対策

  • DDTの散布や湿地の干拓が功を奏し、南欧などの湿帯地帯からは50年前に姿を消したハマダラカだが、アフリカ、南米、アジアの熱帯の湿潤な低地ではしぶとく生き延びている。
  •  (排水設備の不備な都市部においても、水たまりから蚊の幼虫であるぼうふらが発生しやすいため、マラリアが発生する可能性がある。)

 

診断
□ 顕微鏡検査が主流

  • 血液検査。少量採血し、顕微鏡で観察する。赤血球中に入り込んでいるマラリア原虫を探す古典的手法。診断としての確実性、簡易性、迅速性が高く、コストが廉価であるため、世界中のマラリア流行地に広く浸透している。
  •  顕微鏡検査は、慣れないと難しい検査であるので、最近では、簡易迅速診断キットが普及している。約10分程度で検査ができ、顕微鏡や電気の設備が無いところでも正しい診断に導ける有用な検査法として認識されだしている。商品名として、 Malaria(Binax社)やOptiMAL(DiaMed社)が有名。但し、コストは顕微鏡検査より高い。(およそ1ドル程度)

簡易迅速診断キット

 (出典:WHO/TDR/Crump)

  

 

治療

  • アルテミシニン誘導体多剤併用療法(Artemisinin-based Combination Therapy:ACT)は現在最も効果がある治療法である。
  •  妊婦には間欠予防治療(Intermittent Preventive Treatment for pregnant women:IPT)が用いられる。
  •  治療薬(特効薬)の歴史(主なもの)
  •  キニーネ:マラリア原虫の増殖サイクルを断ち切る作用をもつキニーネは、特効薬として、1700年代より多くの命を救ってきたが、効き目が長続きせず、あまり頻繁に服用すると、時として聴力や視力の低下など重い副作用が出るという欠点。
  •  クロロキン:1940年代に開発された抗マラリア薬。第一選択薬として治療に用いられていた。クロロキン耐性のマラリア原虫が出現してからは、治療薬として用いられなくなった。
  •  薬剤耐性マラリア原虫の蔓延、殺虫剤抵抗性媒介蚊の出現でマラリア対策は困難に。
  •  アルテミシニン:キニーネに匹敵する威力を発揮し、ほとんど副作用がない。(中国の漢方薬に由来。)

アルテミシニン

(出典:WHO/TDR/Crump)

  • アルテミニシン誘導体多剤併用療法(ACT):アルテミシニンに耐性をもつ原虫の出現をふせぐため、アルテミシニン誘導体と他の抗マラリア薬を併用している。

 

マラリアの研究開発

□ マラリアワクチン

  • 細菌やウイルスに対するワクチンは開発されているが、寄生虫はこれらの病原体ほど単純な生物ではない。特に、マラリア原虫は、潜伏先をころころ変えるためワクチン設計は困難といわれている。
  •  現在、世界各地で90を超すチームが現在マラリアワクチンの開発にかかわる研究を進めているといわれているが、まだ有効的なワクチンの開発には至らない段階である。


球温暖化とマラリア

  • 「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」の報告によると、2100年までに3~5℃気温が上昇するならば、世界のマラリアの潜在感染危険地域は大きく拡大し、年間感染者数は、5~8千万人増加すると予測されている。
  • わが国の西日本一帯も潜在感染危険地域に含まれる可能性がある。

 

日本においても過去の感染症ではない。

  • 日本にも昔から存在していて、「かわらやみ」とか「おこり」と呼ばれていた。「平家物語」の記述から平清盛はマラリアで 亡くなったと考えられている。
  • 日本でマラリアの最後の発生例は、滋賀県彦根市(1959年)
  • 根絶後は、輸入マラリアの患者数が増加傾向。1990年には年間患者数が100人を超え、2000年にはその数150人。そ の中には死亡する例も数例でており、熱帯病のグローバリゼーション化が進行。

 

日本のマラリア対策への貢献

□ 日本政府のマラリア対策支援

  • 世界基金に2001年から2007年4月まで、6億6267万ドル(約800億円)を拠出、2007年の誓約額は1億8600万ドル(約230億円)。マラリア対策は世界基金全体の24%の割合である。
  • マラリアの蚊帳の供与(無償やユニセフ経由で、2003年から2007年までに1000万帳をアフリカに供与)
  • 技術支援;マラリア対策に関連するプロジェクト(橋本イニシアティブに基づく国際寄生虫対策:タイ、ケニア、ガーナ)へ、1998年以降、長期・短期含めて32回、16名の派遣をした。(厚労省実績ベース)
  • マラリア対策プロジェクト(ミャンマー三大感染症プロジェクト)

□ NGOや企業によるマラリア対策支援

  • 日本のNGOがマラリア対策を実施している(ザンビア、アンゴラ等)。
  • 住友化学のLLINであるOlysets®は、これまでに約3000万帳供与された。タンザニアに製造方法が無償で技術移転され、現地製造が可能となった(年間800万帳生産可能)。Gates財団も大きく評価している。
  • Olysets®の特徴:耐久性に優れ、洗濯しても5年以上効果が期待できる。

 

マラリアに関する研究でのノーベル生理学・医学賞受賞者

  1. ロナルド・ロス(Ronald Ross)
    1902年「マラリアの侵入機構とその治療法に関する研究」により受賞。
    1857年生まれ。イギリスの病理学者。
    1898年、マラリア原虫がハマダラカの唾腺(だせん)の中にいることを発見しその生活史を解明した。また、この原虫は蚊の咬刺により伝播することを実証した。
  2. シャルル・ルイ・アルフォンス・ラブラン(Charles Louis Alphonse Laveran)
    1907年「疾病の発生において原虫類の演ずる役割に関する研究」により受賞。
    1845年生まれ。フランスの熱帯病学者、細菌学者。
    1880年、軍医としてアルジェリアに勤務中、赤血球内よりマラリア原虫を発見した。1896年に軍務を退いてパリのパスツール研究所に入り、そこで熱帯医学の研究を続け、マラリアのほか、アフリカ睡眠病、トリパノソーマ病、リーシュマニア病の研究を行った。
  3. ユリウス・ワーグナー・ヤウレッグ(Julius Wagner von Jauregg)
    1927年「麻痺性痴呆に対するマラリア接種の治療効果の発見」により受賞。
    1857年生まれ。オーストリアの精神神経病学者。
    1893年よりウィーン大学の教授となり,精神神経科教授として35年間にわたって同大学に在職した。促進神経,迷走神経に関する研究を行ったのち、精神病に対する熱病の治療効果について研究し、1917年に進行性麻痺(梅毒性髄膜脳炎)のマラリア療法を発見した。
  4. パウル・ヘルマン・ミュラー(Paul Hermann Müller)
    1948年「多数の節足動物に対するDDTの接触毒としての強力な作用の発見」により受賞。
    1899年生まれ。スイスの化学者。
    バーゼルにあるガイギー社の染料研究所において,織物が蛾に食害されないための物質を研究中、1939年に強力な殺虫効果をもつ接触毒ディクロロディフェニルトリクロロエタン(DDT)の合成に成功した。その後、DDTの散布によりシラミが媒介する発疹(ほっしん)チフスや、蚊が媒介するマラリアの流行をくいとめたといわれる。しかしDDTはその残留毒性が問題になり,各国で使用禁止となり,日本でも1970年にその使用の禁止措置がとられた。