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第一回野口英世アフリカ賞授賞式 受賞者挨拶 ブライアン・グリーンウッド博士第1回野口英世アフリカ賞授賞式及び記念晩餐会

 天皇、皇后両陛下、TICAD出席の各国首脳閣下、御列席の皆様、このようなお祝いの場での御挨拶というのは、それを可能ならしめた方々への感謝の表明が中心となるのがならわしですが、それを始める前に、本日の式が私にとってどのような意味を持つかについて一言申し述べます。43年前、若い医学生であった私は、英国の医学誌「ランセット」に求人広告の出ていた西ナイジェリアのイバダンにあるユニバーシティ・カレッジ病院での仕事を始めるべく、初めてアフリカの地を踏みました。これは、当時としては相当変わった行動と受け止められました。その時点で私は、イギリスでの医者としての仕事は順調であり、私の上司の何人かは、若い医学生がアフリカに行くとは勿体ないことをする、あるいは医者として自殺行為に等しいと思ったようです。今夜の式典をもって、私はついに彼らが間違っていたことを証明しました。

ナイジェリアに着いたとき、そこには私が知っている人は誰もいませんでしたが、すぐに馴染むことができました。最初の休暇でイギリスに帰国したときも、早く戻りたくて仕方がありませんでした。仕事の同僚であろうと、最貧困の村の人々であろうと、彼らから滲み出る暖かさ。これが、私が生涯の大半をアフリカで費やし、イギリスに戻って以後も、可能な限り何度もアフリカに足を運ぶゆえんです。医学者としての務めを果たす中で、共に働いたアフリカの人々かもらった支援や優しさの一部なりともお返しできていたならば、幸いです。

さて、御礼に移らせて頂きます。まず、野口英世アフリカ賞の設計をされた方々、特に小泉元総理、またこの設計を実現させた日本国政府、さらに、授賞に向けての作業に関わった多くの方々、特に黒川委員長に対しまして、御礼申し上げます。また、選考委員会に対し、第1回受賞者にウェレ博士と私を選んで頂いたことにつき、感謝申し上げます。本賞の背景にある考え方は、しばしば学問的厳密さに欠けると見られがちであった「応用」あるいは「フィールド」の研究が、これまで多くの国際賞を惹きつけてきたハイテクの実験室の研究と同等に、知的に厳密で且つ高い水準が要求されることを明らかにした点であり、これは非常に重要な考え方であります。野口英世アフリカ賞の創設は、この不均衡を是正する一助となりましょう。日本国政府によるこのイニシアティブは賞賛されるものです。

次に、両陛下、そして今夜の式典を格別のものに引き上げ頂いた御参列の多くの賓客の皆様に御礼申し上げます。妻と私は、このことを決して忘れません。

研究生活を始めた当時は、単独研究はまだ可能な時代でした。ナイジェリアにおける自己免疫疾患に関する医学博士論文のための作業は、フィールドから実験室、そして統計分析に至るまで、私は殆ど全てを自分一人でやりました。これは、研究が専門的になり、共同作業が必要となった今日では、殆ど不可能なことです。その後一緒に仕事をしたチームの中にアフリカその他の地域からの多くの卓越した同僚がいたことが幸いでした。この賞は私の仕事への表彰であると同時に、彼らの仕事への表彰でもあります。名前を選び出すのは気が引けるのですが、私が特に謝意を表明したい方が3人います。まず、エルドリッド・パリー氏です。彼はナイジェリアのザリアにあるアハマドゥ・ベロ大学で私の指導教授でした。彼は私に、感染症を理解するには患者のベッドの周辺だけでなく、その患者がどこから来たかという背景を調べることが必要であることを教えてくれました。次に感謝の意を表したいのは、ヒルトン・ウィットル氏です。彼はザリアでの私の同僚でしたが、ガンビアに移ってからも引き続き15年間、共に仕事をしました。最後に感謝の意を表したいのは、ジェフ・ターゲット氏です。彼はロンドン大学衛生熱帯医学校を代表してここに出席しています。ジェフは30年以上にわたり私の同僚であり、過去8年間については緊密に、成功裡に進むゲイツ・マラリア・パートナーシップの事業を調整しています。

学者は、資金提供者なしには仕事ができません。私は、これまで複数の資金提供者から支援を頂く幸運に恵まれました。その中の何人かは、アフリカで仕事をするという変わり者を支援するということで、リスクを背負っていると感じていたかも知れません。本日をもって、頂いた信頼の幾ばくかでも彼らに返済できたならば、幸いです。今回受賞対象となったガンビアでの業績の大きな部分を支えた英国医学研究評議会、及び、ここ数年寛大な支援を頂き、発足以来マラリア等の分野での研究環境を一変させているビル・メリンダ・ゲイツ財団について特記させて頂きます。

最後に、私が感謝を捧げたい非常に特別な人がいます。妻のアリスと私は、43年前にナイジェリアのイバダンで出会いました。彼女はそこで小児科医の仕事をしておりましたが、上の階の彼女の住居のバルコニーから、階下の私の部屋のベランダに植木が垂れ下がっていたことに対し私が抗議に行ったのが、最初の偶然の出会いでした。結婚以来四十年がたち、その間、良い時、困難な時、危険な時を、共にくぐり抜けてきました。しかし、彼女は決して不平は言わず、アフリカで仕事をしたいとの私の願いには、いつも完全に賛同してくれました。この賞は私のものと同じぐらい彼女のものでもあります。

 ナイジェリアにて
ナイジェリアにて診療中
(1975年)

 新しい予防接種
髄膜炎の新しい予防接種のテスト
(1975年)

 ガソリンを入れる
自らガソリンを入れる、ナイジェリアにて
(1977年)

 ナイジェリアでのフィールドワーク
ナイジェリアにてフィールドワーク
(1978年)

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