梶山内閣府特命担当大臣記者会見要旨 平成30年4月20日

(平成30年4月20日(金) 8:45~8:51  於:官邸3階エントランスホール)

1.発言要旨


 愛媛県等が平成27年4月2日に官邸を訪問する予定について、内閣府が文部科学省に伝えたメールが文部科学省において見つかっていたという趣旨の報道が4月17日火曜日の早朝にありました。また、それについて、火曜日の記者会見においても御指摘を頂いたわけですけれども、内閣府において、当該メールの存否等について確認を行ったところ、詳細はお手元にお配りしてある資料のとおりであります。直ぐに確認をするようにということを先日の記者会見の後に私から指示をした結果であります。
 調査は、当時の担当職員3名のヒアリングを行うとともに、共有フォルダ及びメールを送受信した可能性のある職員が使用していた個人端末を探索しました。さらに、紙文書についても、現時点で関係すると考えられる場所において探索をいたしました。探索の結果、当該メールは電子ファイルも紙文書も確認をされなかったということであります。
 メールの内容については、愛媛県職員等とその頃に会ったことは記憶しているが、国家戦略特区制度を丁寧にPRしていたもので、特別な対応ではなかったとのことでした。また、柳瀬総理秘書官との面会については、3人とも面会の調整や同席はしていなかったとのことでした。
 お手元に添付した文書については、文科省から提供されたものであります。

2.質疑応答

(問)このメールの評価は一体どういったものに当たるんでしょうか。これは公文書的に言うと、やはり残しておかなければならなかったものなんでしょうか。
(答)そこの判断は、まだちょっとできておりません。と申しますのも、内閣府では共有してなかったということもありますし、送った側では、紙媒体としてあったということでして、それをベースに文科省と私どもで調査をしたということであります。
(問)文科省で見つかって、大事な記録文書なのかもしれないし、評価はまだということですけれども、内閣府で見つからない、この評価というのはどう考えていますか。
(答)これは、当時の職員にヒアリングをいたしました。そして、その当時の職員も今は内閣府におりませんけれども、その記憶では、多分送ったのでしょうね、という程度の記憶だったということなのですね。ですから、そのやり取りがあって、やり取りについて書いた上で内閣府から文科省に送ったということで、その程度の記憶ということと、個人的な連絡という感覚だと私は今、思っています。
(問)つまり記憶が定かじゃないということは、重要視していなかった。文書の在り方という点で。
(答)断定的には言えませんが、ヒアリングの結果がそういう感じかなと思っております。
(問)4月2日に内閣府でその今治市、愛媛県の方と内閣府の職員の方が会ったこととか、官邸に4月2日に行ったということをはっきりと言った方はいらっしゃらない。
(答)この文書のとおりです。
(問)あくまでもこういうメールを送ったということは。
(答)午前中に多分、内閣府にお見えになったんでしょう。そこでのやり取りを送ったということだと思います。これまでも4月に日付は特定できないけども、会っているということで、その付近で会っているということに関しては、否定はしておりませんので、そういうことだと思います。
 ただ、官邸にはついていっていないし、そこでの会話の中で官邸に行くというような会話が先方から出たということなのでしょう。それで、メモとして送ったということだと思っています。
(問)柳瀬さんとの面会を橋渡しした方は誰かとか、そういうことは分かっていますか。
(答)こちらではしてないということであります。
(問)でも、この時間帯には把握されているわけですよね。
(答)ですから、先程言いましたように、愛媛県、今治市の方とお会いをして、その中の会話としてあったと記憶しているということです。

(以上)