読本 矢原 徹一

読本「命をつたえる」

文・漆原次郎

矢原 徹一

矢原氏の写真
やはら・てつかず

 昭和29年(1954年)5月1日生まれ。福岡県の野山で植物の採集(さいしゅう)をして少年時代をすごしたあと、京都大学へ入学した。京都大学では、いろいろな植物が次の世代をどのようにつくるかを調べた。その後、植物の花と昆虫の関わりあいについて調べるなど、分野をこえた研究も行ってきた。いまは、生物の多様性(たようせい)を保つための研究や活動にも取り組んでいる。

 私たちの住んでいる地球は「みどりの星」ともいわれる。それだけ、私たちは植物の豊かなみどりのなかで暮らしているということだ。その、みどりの葉をつける植物には、ほんとうにさまざまな種類があり、それぞれが形や特徴(とくちょう)をもっている。矢原徹一さんが、植物の研究者になる人生を選んだのも、植物の種類の豊富さに魅力(みりょく)を感じたからだった。

「やりたかったことに取り組んでみよう」

 矢原さんは、九州の福岡県福岡市と、佐賀県唐津市(からつし)のあいだにある糸島郡前原町(まえばるちょう)(いまの前原市)で育った。小学校から家に帰るとすぐ、国道の下のトンネルをぬけて、小川にいるナマズをつかまえたりして遊んだ。
 植物に興味をもちはじめたのは中学1年生のときだ。生き物が好きだったため生物部に入ったところ、先生が「植物友の会」に連れていってくれた。8月、植物の採集会のため、はじめて前原町から出て、篠栗町(ささぐりちょう)の若杉山までおとなたちと出かけた。山へと続く道すがら、足もとを見るとナツエビネの小さな花が咲いていた。9月には久留米市(くるめし)の湿地(しっち)まで出かけた。水をふくんだやわらかい土から、紫色の花びらが何段にも重なったサワギキョウや、まるで実のような茶色い花をつけるマツカサススキが生えていた。前原町では見たことのない草花を目の前にして、「自然にはいろいろな植物が生きている」と思った。図鑑を片手に草を調べ、わからない植物は押し葉標本(ひょうほん)にする。植物との“出会い”が楽しくなっていった。
 ある日、矢原さんはわりと大きな葉っぱをつけた野草に出会った。葉の形は丸いが、まわりがぎざぎざとしている。図鑑を見ると、イラクサ科のヤブマオらしい。しかし、それ以上の説明がない。矢原さんは、むずかしいラテン語で書かれた論文(ろんぶん)を手に入れ、辞書を見ながら説明を読んだ。それでも自分が見たのはなんという種類のヤブマオか、よくわからない。
 生き物には、花におしべとめしべが、動物にオスとメスが、人間に男と女があるように、ちがう性どうしが結ばれることで次の世代の子どもが生まれるものがある。いっぽうで、性別はないけれど次の世代をつくることができるものもある。性別があるほうの生き物は、たとえば目はお母さんににていて、口もとはお父さんににているといった具合に、両方の親の特徴を半分ぐらいずつ受けつぐのがふつうだ。いっぽう、性別のない生き物は、そのまま親から子どもへと特徴が受けつがれるから、形の大きく異なる子どもはあまり生まれてはこない。ところが、矢原さんが植物の本を調べてみると、「性別があるものと性別がないものが結ばれて次の世代をつくることがある」といったことが書かれていた。矢原さんが種類を言い当てられなかったヤブマオも、どうやらこの手のものらしい。「大学に入ったらヤブマオのことをもっと調べよう」と、矢原さんは心に決めた。
 京都大学に入り、矢原さんの心にはヤブマオのことを調べたい思いがあったものの、研究のしかたがわからず、ほかのことを研究していた。しかし、大学院2年生のとき、「成果が出ても出なくても、子どものころからほんとうにやりたかったことに挑(いど)んでみよう」と思い立ち、ヤブマオの研究をすることに決めた。京都からふるさとの福岡へ。海岸に生えるヤブマオやニオウヤブマオ、それにゲンカイヤブマオという草をどっさりとると、研究室に帰ってもくもくと顕微鏡(けんびきよう)で根っこを観察した。するとヤブマオに、これまで図鑑にも本にも論文にも書かれていなかった「4倍体」という種類があることがわかったのだ。あるはずなかった4倍体があるせいで、ヤブマオどうしのいろいろな組み合わせが生まれ、図鑑で説明されないような葉のかたちが生まれていることがわかった。「当たり前と思われてきたことでなく、自分で調べたことのほうが大切だということを知りました」と、矢原さんは話す。

屋久島の永田岳を分け入る写真
2005年、鹿児島県・屋久島の永田岳にて。
「神様のクボ」とよばれるみどり深い場所を分け入る。

性別がある植物とない植物、どっちが有利?

 性別のある生き物と性別のない生き物のちがいに興味をもっていた矢原さんは、ジョン・メイナード=スミスというイギリスの研究者が書いた『性の進化』という本に出会った。そこには、性がある生き物と、性のない生き物では、自分や自分の仲間がより生き残るために、どちらが有利(ゆうり)なのかといったことが、数学を使って書かれてあった。性がある生き物では、世代ごとにオスとメスの組み合わせで生まれた子どもが増えていくから、「ぼくは天敵(てんてき)に強い」とか、「わたしは寒さに強い」とか、それぞれの環境で生きのびることのできる者が生まれやすい。いっぽう、性のない生き物にも利点はある。自分から次の世代が生まれるため、倍、倍、倍と、つぎつぎ仲間をつくれる。増えるスピードがとても速いのだ。
 性のない生き物のほうが増えるスピードが速いなら、あっという間に彼らが地球をおおいつくしそうだ。しかし、そうはなっていない。自然にはおしべとめしべのある植物や、オスとメスのある動物はいまもたくさんいる。なぜだろう。
 矢原さんもふしぎに思っていたところ、ウイリアム・ハミルトンというイギリスの研究者が、こんな説明をしていることを知った。植物を病気にする菌やウイルスなどの小さな生き物は、植物のからだに入るとすごいスピードで特徴を変えながら増えていく。すると変化のあまりない“性のない植物”は歯が立たないものの、「ぼくはウイルスのこの特徴に強い」という者も生まれやすい“性のある植物”はウイルスに負けないで生きることもある。病気とのたたかいを考えれば、性のある植物は生きのびやすいということだ。
 自然の世界が性のない植物だけになってしまうのを、ウイルスが抑えているというのは本当だろうか。矢原さんはふるさとの福岡の野山を訪れた。子どものころから矢原さんはこの野山で、性のないタイプもあるヒヨドリバナという植物をずっと見つづけてきた。「でも、病気でやられているヒヨドリバナなんて、いままで見たことない」。そう思いながら、あらためて野山を見わたすと、病気にかかって葉っぱが黄色く変わってしまったヒヨドリバナがあちこちで見つかった!
 矢原さんは、さっそく病気のヒヨドリバナをつみとって、遺伝子(いでんし)を調べ てみた。すると、1枚の葉っぱに2つも3つもの特徴のちがうウイルスがいて、これらが性のないヒヨドリバナを弱らせていることがわかった。いかに野生の生き物たちが、いろいろな特徴をもつウイルスや細菌の攻撃にさらされているかが明らかになった。
 子どものころから見ていたはずのヒヨドリバナなのに、なぜ病気のものを見つけられなかったのか。矢原さんはこう話す。「子どものころは、標本づくりのためのきれいなヒヨドリバナしか目に入らなかったのでしょう。心がそこにないと、見えるものも見えないものですね」。

人生を決めた自然がいまはもう、ない。

 子どものころから植物のほかに虫も好きだった矢原さんは、植物学と昆虫学というふたつの学問に橋をかける研究も行っている。植物には、虫に花粉(かふん)を運んでもらい、ほかの株とのあいだで種子(しゅし)をつくるものがある。矢原さんは、九州大学の矢原さんの研究室にいた大橋一晴さんとの実験で、花粉の運び屋であるマルハナバチというハナバチが花の蜜(みつ)を選ぶようすを観察した。どうやらマルハナバチはまわりのすべての花を気にとめているのではなく、ごく近くで見た花だけを覚えているみたいだ。私たちが、はじめて聞く電話番号を頭のなかで短いあいだ記憶(きおく)するのとおなじことをハナバチはやっているようだ。ハナバチの心にせまったこの研究は、虫の研究者たちからも役にたつものと評価(ひょうか)されている。
 植物は、おなじみどり色の葉っぱをもっていても、葉や花の形もちがえば、次の世代の残しかたもちがう。野山にはほんとうにいろいろな種類の草木が生きている。
 しかし、この30年で、人間の手が自然の世界に加わり、豊富だった草木の種類が急に減ってしまった。矢原さんは悲しむ。「私が植物を好きになるきっかけをつくってくれたナツエビネは、もう若杉山では見られません。サワギキョウが生えていた久留米の湿地もなくなってしまいました。生き方を決めてくれた自然が、どんどんなくなっています」。
 自然を愛する心から、矢原さんは、自然の多様さを私たちがどのように保ってゆけばよいかという問題に取り組むようになった。
「日本人は3万年のむかしから木をきって薪(たきぎ)にしたり、シカをとって食べたりしてきました。人間も日本の自然のバランスを保つ“自然の一部”だったのです。ところが、近ごろはきこりも狩りもしなくなってしまいました。野山は荒れ、シカは増えるいっぽう。3万年の歴史が30年で変わってしまいました」
 いちど、この世からなくなってしまった植物や動物は、二度と戻ってくることはない。いろいろな研究をしてきた矢原さんは、分野と分野、人と人をつなぐことで、豊かな自然を次の世代に残そうとしている。

学生たちとの写真
2004年、九州大学新キャンパスのアナグマの巣穴の前で、学生たちと。
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