読本 和田 正三

読本「生き物の形と力」

文・漆原次郎

和田 正三

和田氏の写真
わだ・まさみつ

 昭和16年(1941年)8月20日生まれ。シダ植物などを使って、太陽の光を浴びた草や木がどのように芽を出したり、葉を広げたりするのか、そのしくみを調べている。また、植物によっては、葉っぱに、赤と青の光をいっぺんに受けとる力をもつものがあることをつきとめた。いまも、植物たちが光をどのように感じているかを、小さな細胞(さいぼう)の世界を見つめることで探(さぐ)っている。

 植物も動物も、生き物はみな、それぞれの形やそれぞれの力をもっている。その個性(こせい)は、じぶんたちが生きていくために、長い時間をかけてつくりだしてきたものだ。生き物が生きてゆくためのしくみは、私たちの想像(そうぞう)をはるかにこえたふしぎなものなのかもしれない。和田正三さんは、さまざまな生き物がもっている形や力のわけやしくみを知ろうと研究している。

虫が大好きな植物の研究者

 和田さんは、小学校に入る前のおさないころを戦争の中ですごした。攻撃(こうげき)がはげしくなったため、和田さん一家はより安全に暮らせるところをもとめて関東からはなれることにした。たどりついたところは、広島市の中心から10キロメートルほど北の、玖村(くむら)という川ぞいの町だ。
 昭和20年(1945年)8月6日、その広島に原子爆弾(げんしばくだん)が落とされた。和田さんはまだ4歳だったが、爆発のときに起きたはげしい風が家まで届き、ふすまがふっとび部屋がほこりだらけになったのをはっきりと覚えている。広島の街なかにいたお父さんは、傷だらけとなって帰ってきた。
 戦争が終わると、和田さん一家はふたたび関東に戻った。もともと住んでいた東京の渋谷区に家がふたたび建つまでのあいだ、小学4年生までを神奈川県の座間ですごした。このころ、和田さんたち子どもの遊びといえば、虫とりや魚とりだった。和田さんは晴れた日には家のあった天台(てんだい)の高台から小川や雑木林(ぞうきばやし)へと下りていき、クヌギやクリの林のなかにたくさんいるクワガタムシを探した。はさみの大きなのを捕まえては、学校でともだちとくらべっこをしていたという。
 「いまでもぼくは虫や鳥などの動物が大好きなんです。大学に入ってから植物の研究を続けてきましたが、動物への興味(きょうみ)は、草や木とおなじくらいか、それ以上かもしれません」と、和田さんは話す。和田さんは大学院生のとき、植物の研究をするいっぽうで、動物をあいかわらず追いかけていた。“動物の楽園”といわれるガラパゴス諸島に行き、ウミイグアナやゾウガメといっしょにすごしたり。アマゾンの森がある南アメリカに虫とり探検(たんけん)に行き、体の形や模様(もよう)だけでなく,動き方までをハチそっくりににせて鳥に食べられないようにしているキリギリスを捕まえたり。
 植物の研究をする人が、ほんとうは動物が好きだなんて、ふしぎな気がするかもしれない。でも、和田さんにとっては、植物も動物もつながっているのだろう。なぜなら、和田さんの知りたいことは「生き物の形はどのようにしてできてくるのか」ということだからだ。

1+1が100に!

「形のおもしろさ、色や模様のふしぎさに昔から興味があったんです。それぞれの生き物の形がどうできあがるのか知りたいと思いまして」
 森や公園で見かける植物たちは、お日さまからの光を浴びることで、からだをつくる小さな小さなひとつの細胞がふたつにわかれる。ふたつにわかれた細胞は、また、さらにわかれる。こうして、細胞がすこしずつわかれながら増えていくことが、私たちが、芽が出た、茎が伸びた、葉っぱが広がった、というように見て感じるおおもとなのだ。日の光は、植物がすくすく大きくなって、タンポポならタンポポ、アサガオならアサガオの形になるためになければならないものといえる。
 大学院生になってから、和田さんがいきものの形のでき方を研究するために観察したのがシダ植物だった。森や林に出かけると、よく木々の下の地面に生えている植物だ。
 和田さんは、シダ植物の胞子(ほうし)が発芽してできた細胞に、赤い光や青い光を上や下から、あるいは横から当てたり、また、その光を強くしたり弱くしたりしてみて、シダの育ち方がどのように変わってゆくかを調べた。その実験から、お日さまから来る光のような白い光や 青い光によって、細胞がふくらんだり分裂(ぶんれつ)したりして、ハート型の前葉体(ぜんようたい)というものに成長することがわかった。
 シダ植物の胞子やタンポポの種などが、お日さま の光を浴びて芽を出して、大きく 育っていくということは、植物たちやその胞子や種が自分に光が当たったことを感じていることになる。じっさい、植物には、赤い光を感じる力や、青い光を感じる力があることがわかっている。
 シダ植物は、林の下の暗い地面に生えている 様子がよく見られるが、大昔に生きていたシダ植物の祖先(そせん)は、じつは、昼間はいつも太陽の光があたっているような場所でなければ育たなかったらしい、という。なぜ、木の影の下でも、シダ植物は生きることができるようなったのだろう。
 和田さんが研究で使っていた「ホウライシダ」という種類のシダ植物もまた、林の下で育つことのできるものだ。和田さんは、ホウライシダがもつ、光を感じることのできる力をさらに調べあげた。すると、このホウライシダは、赤い光と青い光をいっぺんに感じることのできる力をもっていることがわかったのだ。しかも、赤い光と青い光をいっぺんに受けたときは、「1+1=2」のような足し算のしかたではなく、「1+1=100」のような、とてもふしぎな足し算で光を利用することができるらしい! シダ植物は、長い歴史のなかで、こうしたふしぎな力をもつようになった。だから、光の届きにくい木の下のうす暗いところでも、光が来ていることを十分に感じて生きることができるようになったのだと、和田さんは考えている。
 和田さんは、はじめからホウライシダには「1+1=100」の力があるだろうと考えて研究に使おうと決めたのではない。東京大学の小石川植物園(こいしかわしょくぶつえん)は研究をするための植物園で、そこにはたくさんの種類のシダ植物が植えられている。和田さんはそこから30種類以上のシダ植物をとってきては、「よく芽が出るのはどれだろう。よく成長するのはどれだろう」と、いろいろなシダ植物を育てるなかで、ホウライシダを選んだ。「1+1=100」に出会えたのは、研究に向いたシダ植物をみずからの手でいっしょうけんめい選んだことへの“ごほうび”なのかもしれない。

写真
植物は光を浴びるとさまざまな反応をする。写真はタラノキの葉。

集まったり、一目散(いちもくさん)に逃げたりする葉緑体(ようりょくたい)

 いま和田さんは、植物の葉っぱをみどり色にしている「葉緑素(ようりょくそ)」をため込んだ袋に目を向けて研究をしている。私たちの目には見えないけれど、葉っぱはたくさんの細胞からできていて、それぞれの細胞には「葉緑体(ようりよくたい)」という小さな袋が無数にあり、そのなかにみどりの素である葉緑素がたくさん入っている。葉緑体は、私たち動物がはき出す二酸化炭素(にさんかたんそ)やお日さまの光をとりこんで、私たちに欠かせない酸素(さんそ)や栄養をつくりだしてくれる「光合成(こうごうせい)」という作業をしているとても大切な工場だ。この作業の主役である葉緑素は、まさに私たちの“命のみなもと”といってよいだろう。
 植物が光合成をするのは、彼らにとって生きるために必要だからだ。じつは、光合成の主役である葉緑体は、光に反応して、おもしろい動きをする。葉っぱに光が当たりはじめると、葉緑体は葉っぱの表面に集まってきて、いっしょうけんめい光を浴びようとする。でも、光があまりに強すぎると、こんどは自分たちが壊(こわ)れてしまうので、それを避(さ)けるため、葉っぱの表面から一目散(いちもくさん)に逃げていく。おもしろいことに、光が強いほど速く逃げる。植物にとって光は、ないと生きていけないが、ありすぎても困るものらしい。
 和田さんは、葉緑体が光を受けて、“集まったり、一目散に逃げたりする”ための力のおおもとは青い光を感じるタンパク質(フォトトロピンという)にあることをつきとめた。いまは、葉緑体が動くしくみを詳しく調べている。たとえば、袋の形をした葉緑体が集まったり逃げたりするとき、サッカーボールのように転がって動くのではなく、カーリングの石がすべるように移動することがわかってきた。また、 逃げる方向やその速さなどの葉緑体の動きは、 アクチンという糸のような タンパク質が、どちらの方向へどのくらい現れるか によって決まることもわかってきた。

写真
ホウライシダ前葉体細胞の表面。つぶつぶは葉緑体。

「見つけようとすれば、見つけられる」

 「植物のしくみは、とてもよくできています」と、和田さんは話す。植物は、私たちが考えるよりもはるかに複雑なやり方で、光を利用しているようだ。
 植物は私たちがもっていないふしぎな力をいろいろともっている。そして、それを知ることで「地球にはいろいろな生き物が生きている。生きようとしている」ということを感じることもできる。
 和田さんは、いまも植物のさまざまな形や力におどろきながら研究をつづけている。私たちも、似たようなおどろきを感じることはできる。家の近くの公園や野山にでかければいいのだ。そこでは、植物のふしぎな形や、私たちにまねのできないふるまいをたくさん見つけることができるから。

「みなさんの町にも、虫や植物はたくさんいます。見つけようとすれば、見つけられます」と、和田さんは言う。

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