読本 中静 透

読本「森は教えてくれる」

文・漆原次郎

中静 透(本名 浅野透)

中静氏の写真
 なかしずか・とおる(あさの・とおる)

昭和31年(1956 年)3月8 日生まれ。
農林水産省、京都大学、総合地球環境学研究所で研究者として、長いあいだ森の姿を観察してきた。
いまは、東北大学の生命科学研究科の教授として、森との対話をつづける。

 みんな同じようなみどり色に見えても、森には、びっくりするほどたくさんの種類の木や草が生えている。その種類や組みあわせは、すべての森でちがう。中静透さんは、森の中に入って木一本一本に話しかけながら、そして森全体を見わたしながら、森の木の育ちかたを究してきた。中静さんは森から、どんなこと学んだのだろう。森は私たちに、何を教えてくれるのだろう。

本にのっていない草花

 中静さんは子どものころ、新潟県の越路町(いまの長岡市)で育った。むこうの山には森がしげり、近くの平らな土地には田んぼが広がる。大地からわき出るきれいな川の水で、おいしいお米がとれるところだ。
 木や草のことが好きになったきっかけを、中静さんはいまもはっきりと覚えている。中学1 年のとき、はじめて受けた理科の授業のときのことだ。
教室に入ってきたのは、生物科の笹岡茂先生。見ると、植物をさした花びんを手にもっている。生徒たちの前に立った笹岡先生は、その植物を高く上げて聞いた。
「近くでとってきたものです。名前がわかる人、いますか」
 青々とした葉、そして、赤々とした実がなっている。図鑑で見た覚えがある中静さんは、みんなの前で手をあげて、「アオキだと思います」と答えた。
 けれども、笹岡先生の答えはちがうものだった。
「これはヒメアオキといいます。アオキという植物は日本海側にはないのです」
 中静さんは、笹岡先生の話を聞いて、自分の住むふる里には、図鑑や教科書にものっていないような、その場所でしかなかなか見られない草花も多くあるのだということに気がついた。笹岡先生と出会ってから、木や草のことをもっと知りたくなり、学校の授業が終わると、毎日のように雑木林のなかに入って草花を集めていた。

いつも変わっている森

 大学に入ると、中静さんは、ブナの研究をしようと心に決める。ブナは日本の山の中で多く見ることのできる木だ。葉っぱは秋に赤々と色づき、冬には枯れ落ちる。
 私たちはつい、山にはえる高い木々は、木としての命を終えるまで、そこにどっしりと根をはりつづけるというような、「いつも変わらない森」を思いえがいてしまう。けれども、中静さんは、ブナの林を見ているうちに、森の木々は長い時間をかけながら、少しずつ木が入れかわっているということに気づいた。
 たとえば、強い台風がやってくると、風のいきおいで木がたおされてしまう。また、川の流れのすぐ近くでは、川が土をえぐり取ることでも木がたおされてしまう。こうして、木はとつぜんに命の終わりをむかえてしまうこともある。
 たおれてしまった木のあとは、どうなるのだろう。
木々の葉でしげっていたみどりの森の一点に、ぽっかりと「穴」があくようになる。すると、それまで太陽の光がとどかなかった地面に、日がさす場所ができる。暗くて冷たかった地面は、太陽の光で温められて、そこから新しい木の芽が顔を出す。木の赤ちゃんの誕生だ。
 森には、びっくりするくらいに、いろいろな種類の木や草が生きている。だから、森にあく「穴」の大きさや形によっても、新しく芽ばえてくる木の種類はちがってくる。たとえば、地震による地すべりは、何本もの木々を地面ごとさらっていくが、そうした場所でしか育たない木もある。また、人間が起こす山火事も、森のみどりにとても広い「穴」をあけてしまう。けれども、そうした場所では、ナラやクリなどの木がよく育つ。
 いつどこで起きるかはわからないけれども、いつかどこかで、森のみどりに「穴」があき、そこで死んだ木の代わりに新しい木の命が始まるのだ。死んだ木とおなじ種類の木が芽ばえるときもあれば、ちがう種類の木のときもある。こうして、森はちょっとずつ中身が入れかわっていくのだ。
 「いつも変わっている森」に、私たちがなかなか気がつかないのはなぜだろう。中静さんは、私たち人の時間のものさしと、森の時間のものさしの長さがものすごくちがうからだと考えている。森の中身の入れかわりは、一日まっていれば起きるような急いだものではない。100年とか1000年とか、(人から見れば)時間をかけてゆっくりと進んでいくものなのだから。

南の島のジャングルの神秘

 日本からおよそ2500キロもはなれた南の国、マレーシアの大きな島にランビルという公園がある。公園といっても、ジャングルの森が広がる、自然の公園だ。一年中、とても暑く、たくさんの雨がふる。
 この森の木々は、背がとても高く、50メートルもある。20階だてのビルを見下ろせるくらいの高さだ。
 でも、その木々のみどりの間からひょこっと頭を出すように、さらに高い一台のクレーンが建っている。てっぺんまでの高さは80メートル。てっぺんからは、その背たけに負けないくらいの長い「腕」が伸びている。
 クレーンは、森の虫たちの研究をしていた日本の井上民二さんが計画したものだ。しかし、平成9年(1997年)に、井上さんはランビルの森に向かうとちゅう、飛行機の事故で帰らぬ人となった。井上さんの「思い」を受けつぐかたちで、中静さんたちのプロジェクトは、平成12年(2000年)にクレーンを完成させた。
 クレーンの「腕」には、ゴンドラがつり下げられていて、人が乗ることができる。クレーンを動かせば、森の上をぐるっと一周することもできる。クレーンの上から森を見わたすと、深いみどりの中に、新しく生まれた葉っぱの黄みどり色のかたまりがあちこちに散らばった、そんな眺めが広がる。まるで、サンゴ礁の海を眺ながめているようだ。


マレーシアのランビルの森。後ろにはクレーンが見える

 ゴンドラを木々に近づけることによって、葉っぱや枝を手でさわることができる。ジャングルの森は、私たちがくらしの中で出した二酸化炭素のガスをたくさん吸いこんで、私たちが生きるために必要な酸素に作りかえてくれる。中静さんは、ゴンドラに乗っていろいろな木の葉っぱの育ちぐあいを見ながら、人間が森に手を加えたときの影響を調べている。
 ランビルのジャングルの森では、数年に一度、とても不思議なできごとを見ることができる。めったに花を咲かせることのない森の植物たちが、短いあいだに、あちこちでいっせいに花を咲かせるのだ。この神秘的な自然のできごとはどのように起きるのだろうか。中静さんや、ともに研究をしている酒井章子さんは、雨の降りかたを調べて、花がいっせいに咲く少し前には、乾燥した時期があることを見つけた。
 わずかな雨の量のちがいでいっせいに花が開く。自然は、私たちが想っているよりも、はるかに繊細なバランスのうえになりたっているのかもしれない。

森と人のつきあいかたを探す

 森を見守り、そして話しかけてきた中静さんは、いま心配をしている。ブナ、シラカバ、カエデ、ミズナラ、スギ、ヒノキ、そのほかとてもたくさんの種類の木々が寄りあつまっていた森がじょじょに少なくなり、スギの木だけとか、マツの木だけというように、ただひとつの種類の木でできた森が多くなってきているからだ。
 人間はむかしから、道具や家具などをつくるために、それぞれの使いみちに適した木を必要なだけ切って使ってきた。それ自体は、森にほどほどの手入れをすることになったため、森にとっても悪いことではなかった。けれども、すぐに大きく育ち、売るときにも値段の高い木を、ひとつの森でまとめて育てるほうが都合がよいと考えた人間は、限られた数種類の木だけを広い面積で植えるようになった。
 いろいろな種類の木でできている森であれば、一本の木が、その木だけがかかる病気になったとしても、まわりにほかの種類の木がたくさん生えているために、森の全体としてはほとんど傷つくことはなかった。
 けれども、たとえばスギの木だけからなる森では、一本のスギが病気にかかると、まわりに生えている木もスギだから、病気が森全体に広がってしまうおそれがある。木をたくさんとろうとして、けっきょくは木がとれなくなることだって起こるかもしれない。
 多くの種類の木々がおたがいに入りくんだ網のような関わりあいをもつことで、森は健康をたもつことができる。木だけではない。虫や動物も木の種を運んだりして、関わりあいの網の中に加わっているのだ。その中には、もちろん人間だって含まれる。
 森はしゃべらない。けれども、教えてくれる。人間がどのように森とつきあっていけば、人間にとっても森にとっても、ずっとよい状態をたもちつづけることができるのかを。
 中静さんはそのことを聞くために、今日も森へと向かう。

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