読本 淺田 浩二

読本「植物-たいせつなもの」

文・漆原次郎

淺田 浩二

淺田氏の写真
 あさだ・こうじ

昭和8年(1933年)12月6日生まれ。京都大学の農学部、農学研究科で、放射性同位元素を使って植物で養分が移り動くようすについて、その後、京都大学の食糧科学研究所で、植物の光合成、葉緑体が酸素から身を守っているしくみなどについて研究した。いまは京都大学の名誉教授、またオーストラリア国立大学の非常勤講師こうしとして、まだ知られていない植物の力を見つけ出す研究をしている。

 歌がうまい人。足がはやい人。人にはそれぞれの能力がある。同じことは生きものにもいえるかもしれない。人間にまねできない能力を植物はいろいろともっているからだ。淺田浩二さんは、ふとふしぎに思ったことをきっかけに、植物のみどりのもとである葉緑体がもつ能力を調べていった。葉緑体は、太陽の光などを使った光合成という働はたらきで、私たちに食糧、エネルギー、酸素を与えてくれている。

おなかいっぱい食べるために

 淺田さんは京都市の南、かつて「九条ねぎ」というねぎがとれる畑が広がっていたところで生まれ育った。小学2年生のとき戦争がはじまり、淺田さんの少年時代は、戦争のまっただなかだった。食べるものが足りなくなり、家族や子どもの手で野菜をつくった。とにかく、いつもお腹をすかせていたという。
こうして戦争中、植物を育てていた体験は、淺田さんが植物を研究するきっかけになったという。日本人のみんながおなかいっぱい食べられるよう、植物がよく育つための方法を学びたいと思ったのだ。戦争が終わり、中学生になると生物や化学の授業が好きになり、高校では化学クラブにも入った。京都を流れる鴨川の上流と下流で、川の水になにが含ふくまれているかをくらべる実験をしたりした。クラブの先生からは「草木の名前をおぼえるだけでなく、いろいろな方向から調べることによってこそ、生物をほんとうに学ぶことになる」と教わったという。

酸素に悪者が!

 京都大学に入り、卒業研究で淺田さんは葛西善三郎先生のもと、放射性同位元素という、小さな小さな新しい“道具”を使って、養分が植物のなかで移り動いていくしくみを調べる実験をした。
葛西先生は、戦争が終わるとすぐに原子爆弾の落とされた広島ヘ行き、放射線が植物にあたえる影響について調べた。放射線は、目には見えないけれど、とても大きなエネルギーをもっている。広島でたくさんの人が原子爆弾の放射線で命をうばわれたように、生きものがこれをたくさん浴びると体をつくる細胞さいぼうがこわされてしまう。葛西先生はその後、放射線をはかる装置をみずから組み立て、放射性同位元素が使えるようにした。こうして目印をつけた養分が植物のなかをどう動いていくか調べたのだ。淺田さんはこの装置を使って、リンという養分や光合成の働きでつくられたものが植物のなかを移り動いていくようすを調べた。そのころの日本では、放射性同位元素を使って植物のしくみを知ろうとする大学はまだ少なかった。
 じつは、生きものが放射線を浴びることと、日の光を浴びることのあいだには、大きなつながりがある。放射線を浴びると、体をつくっている細胞がこわれてしまうことはさっき話したとおりだ。おなじように、生きものが日の光を浴びても、すこしだけ体の細胞がこわされてしまうのだ。どちらにも酸素がかかわっている。
 空気のなかの酸素は、私たちにとってはなくてはならないものだ。酸素を吸えないと息ぐるしくなってしまう。ところが、生きものが体にとりこんだ酸素は、太陽の光を浴びるとわずかだけれども細胞をこわす悪者わるものに化けてしまうのだ。そして、おなじことは放射線にもいえる。生きものの細胞が放射線を浴びてこわれてしまうのも、放射線によって作られた悪者の酸素のしわざなのだ。

植物はなぜ日焼けをしない?

 淺田さんは、放射性同位元素を使うことで、ほかの人とはちがった見かたで植物を見ることができた。「興味きようみをもってうちこむことのほかに、ほかのいろいろなことを身につけると、生きもののひみつも見つけやすくなると思います」と話す。
 そんな淺田さんは夏のある日、海水浴に行ってふとふしぎに思った。「私たちは、日の光を浴びると日焼けするのに、植物は日の光を夏のあいだ浴びつづけても、なぜ日焼けしないのだろうか」
いま、私たちが体をうんと小さくして、植物の葉っぱの上に乗ったとしよう。よく見てみると、葉っぱはひとつひとつの細胞さいぼうでできていることがわかるだろう。さらにその細胞をよく見てみると、葉っぱをみどり色にしている小さなつぶつぶが見えてくるだろう。この小さなつぶつぶこそが葉緑体なのだ。
そうしているうちにお日さまが照ってきた。日の光を浴びた葉緑体は、根から吸い上げた水を使って、ものすごいスピードで空気中の二酸化炭素からなにかのものを作りだしている。光合成の瞬間だ。こうして葉緑体は、私たち動物の栄養になるでんぷんと私たちの呼吸に必要な酸素を作ってくれている。
 思い出してほしい。生きものが日の光を浴びると、わずかだけれども酸素が悪者に化けるはずだった。ところが、これまでみどりの葉っぱを見てきたところでは、悪者の酸素はどこにも見あたらない。じつは、日の光を浴びてできる悪者の酸素はたしかに葉緑体のなかで作られはするけれど、葉緑体があまりにもすばやく悪者の酸素をやっつけてしまうために、私たちは見のがしてしまっていたのだ。でも、淺田さんは見のがさなかった。葉緑体には、悪者の酸素をとてもすばやくやっつける能力があることを見つけた。さらに、植物が取り入れすぎた日の光を葉緑体がうまく捨てていることも見つけた。淺田さんは、こうした能力があるために植物は夏のかんかん照りでも日焼けすることなく青々としていられるということをつきとめた。


サンゴに藻が共生し光合成をするしくみを調べる淺田さん。共生も研究テーマだ。
2001年、モナコ科学センターにて。

酸素とのたたかいははるか昔から

 ミクロの旅からもどったら、こんどは時の旅へと出かけよう。行き先は35億年まえ。私たち人間がまだ生まれていないどころか、海の生きものが陸に上がりさえしていなかった時代だ。このころ、葉緑体のご先祖せんぞさまであるシアノバクテリア(ラン藻そう)が現れたのだ。
植物の葉緑体は、私たちに栄養のもとを作ってくれるとともに、酸素も作ってくれるありがたい存在だ。そのご先祖さまのシアノバクテリアは、はじめて地球に多くの酸素を与えてくれた生きものである。
でも、淺田さんは、シアノバクテリアが現れるより前に、地球にはわずかながら酸素があり、シアノバクテリアや植物のご先祖せんぞさま(それは私たちのご先祖さまでもある)は酸素の悪さから身を守るしかけをすでにもっていたと考えている。


葉緑体の二酸化炭素固定サイクルをあきらかにした米国のメルヴィン・カルヴィン先生の家族と。
1974年、京都にて。

 悪い酸素をやっつける能力をご先祖さまが、すでに身につけていたため、シアノバクテリアも自分が出した酸素で自滅せずにすんだというのだ。
 私たちがいま、酸素を使って呼吸することで効率よくエネルギーを作り出せるのも、もとをたどればはるか昔の私たちのご先祖さまが、酸素の悪さを防ぐてだてをすでにもっていたからにちがいない。

植物は私たちを助けてくれる

 このように、植物だけがもっている能力はさまざまだ。地球上のすべての人々は、生きていくうえにぜったいに必要な食糧や酸素を植物にたよっている。さらに、人々が使っているエネルギー(石油や石炭)も、ずっとむかしに植物が光合成の働きによって産みだしてきたものだ。植物の能力は私たちが住んでいる環境にとっても大切だ。「地球環境問題」ということばを聞いたことがあるだろう。私たちがくらしのなかで出す二酸化炭素のが増えたため、いま地球ぜんたいが暖かくなってきている。暖かいことはよいことのように思えるけれど、洪水や砂漠化などの悪いことにいろいろつながっていくと心配されている。
 ここでも、植物は私たちを助けてくれている。植物は光合成で酸素やでんぷんなどをつくるときに二酸化炭素を吸収する。私たちにとって増えてはこまる二酸化炭素を、植物は体にため込んでくれるのだ。
 「環境」は私たちの身のまわりだけにあるものではない。私たちの体のなかにもある。体のなかの環境をよくすることで、私たちは病気にならず健康でいられるようになる。淺田さんは、これまで見てきた「悪者になった酸素」を「活性酸素」と名づけた。そして「体のなかで活性酸素を増やさないために、みどりの野菜を毎日食べましょう」と提案ていあんする。野菜のみどりには活性酸素をやっつける能力があるからだ。ここでも私たちは、植物の能力に助けてもらうことになりそうだ。
 淺田さんは「植物には、まだ私たちが気づいていない、すごい能力が眠っているのではないだろうか」と考え、その能力をさらに見つける研究にいまも取りくんでいる。私たちはこれからも植物に助けられることが増えていくのかもしれない。植物は私たちが生きていくためになくてはならない、たいせつなものなのだ。

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