
立教大学大学院理学研究科特任教授、東京大学名誉教授
昭和16年12月13日、東京都生まれ。
昭和41年、東京都立大学理学部卒。
昭和46年、東京大学大学院理学系研究科博士課程修了(理学博士)。
昭和46年、東京都立アイソトープ総合研究所研究員。
昭和48年、岡山大学理学部講師、助教授。
昭和52年、生物科学総合研究機構基礎生物学研究所助教授。
昭和58年、岡崎国立共同研究機構基礎生物学研究所教授。
昭和62年、東京大学理学部教授。
昭和63年、東京大学理学部附属(小石川・日光)植物園園長(併任)。
平成4年、東京大学総長補佐(併任)。
平成5年、東京大学大学院理学系研究科教授。
平成9年、東京大学評議員(併任)。
平成15年、立教大学理学部教授。
平成15年、東京大学名誉教授。
平成19年、立教大学理学研究科特任教授。
世界を緑に彩る植物はすべての生物の命を支えているが、その働きは太陽エネルギーを利用して澱粉をつくる光合成と、それを分解して化学エネルギー(ATP分子)を生みだす細胞呼吸に基づいている。この光合成と細胞呼吸を担っているのが、細胞内に存在する2種類の小器官(オルガネラ)、つまり、色素体(葉緑体)とミトコンドリアである。現在、これらは15〜20億年前に宿主細胞に入り込んで共生を始めた細菌の子孫と考えられており、独自のDNA を含み、分裂・増殖する。海洋に繁茂する藻類や陸地のコケ、シダ、草木、森林を作るすべての植物の「みどり」は、細胞内で分裂・増殖する色素体があるからである。
これまで、植物の遺伝子は細胞核の他、色素体とミトコンドリアにも存在することが知られていたが、これらオルガネラの研究は光合成やATP産生といったエネルギー変換機構の解明が中心であり、オルガネラ自身の分裂・増殖や、その遺伝物質(DNA)の様態と伝達機構についてはほとんど解析されてこなかった。同氏は、これら問題の解明にとり組み、適切な材料の探索と研究手法の開発を行い、幾多の先駆的研究成果を挙げた。
従来、細胞核のDNAは塩基性タンパク質であるヒストンと結合して高次構造をつくるが、オルガネラDNAは裸で存在すると考えられていた。同氏は、真正粘菌のミトコンドリアDNAが塩基性タンパク質などと結合して高次構造(核様体)を形成していることを発見し、これがほとんどの生物のミトコンドリアばかりか植物の色素体にも広く存在することを証明し、既成の概念を覆した。次に同氏は、これまで未解明だったオルガネラの分裂・増殖と遺伝の機構を解明した。これら機構の解析には、細胞内のオルガネラの数が多い従来の研究材料は不向きであったため、より単純な構造の生物を探索し、草津温泉で採取された原始紅藻のシアニジウムを使った。この生物で色素体の分裂装置(PDリング)を、また、イタリアの温泉藻から純化した近縁種の原始紅藻Cyanidioschyzon(シゾンと略称)でミトコンドリアの分裂装置(MDリング)を発見し、類似の分裂装置が海洋藻類から陸上植物に到るほとんどの生物に存在することを示した。さらに、自身が開発に関わった超高分解能蛍光顕微鏡や電子顕微鏡を用い、分裂装置は分裂面の包膜の内側と外側に形成される多重のリングからできており、内側リングは2層、外側リングは2〜3層の構造をもつこと、そしてオルガネラはこれら分裂装置の収縮によって分裂面でくびれ、2個になることを明らかした。地球上のすべての「みどり」はこの分裂装置の働きのおかげといえる。
受精に際して、多くの植物では、核の遺伝子は両親から、オルガネラの遺伝子は雌親からのみ子孫に伝えられ、この様式を母性遺伝という。長い間、母性遺伝は卵細胞と精細胞(精子)の大きさの違いが原因であるとされてきた。同氏は、受精の際に、雌の細胞で作られるヌクレアーゼCが雄由来の色素体に入り、そのDNAを分解・消化する機構を発見し、これがオルガネラに見られる母性遺伝の普遍的機構であることを明らかにした。
さらに、同氏は、シゾンの細胞核・色素体・ミトコンドリアの3種ゲノムの全塩基配列の100%完全解読を果たし、それぞれのゲノムに含まれる全遺伝子を特定した。この遺伝子情報を用いてオルガネラの分裂装置の構造と機能の全貌、さらにオルガネラの起源の解明を目指した。その結果、分裂装置において、オルガネラ包膜の内側に形成されるリングは細菌由来の遺伝子によるタンパク質から、外側リングは宿主ゲノムによる特異的なタンパク質であることを明らかにし、オルガネラの分裂装置が真核細胞の誕生に重要な役割を担っていることを示唆した。
上述のように、同氏は、植物の成長や増殖に不可欠なオルガネラの遺伝物質の様態と伝達機構を明らかにし、また、オルガネラの分裂装置を単離し、その構造に関与する遺伝子を特定し、オルガネラの分裂・増殖の全貌解明に貢献した。これら業績はいずれも世界に先駆けて成し遂げられたものであり、しばしば国際的評価の高い学術誌の表紙を飾ってもいる。同氏らが全ゲノムの構造を決定したシゾンは、高温・強酸性といった極限環境に生息することから、現在世界54か所余りの構造生物学の先端的研究機関で使用され、また今後環境ストレス耐性機構の解明や有用植物の育成に重要な役割を果たすことが期待されている。同氏は、『ミトコンドリアはどこからきたか 生命40億年を遡る』や『高校生に贈る 細胞はどのように生まれたか』などの好書を世に送り、細胞生物学の新知見の普及にも貢献した。