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「美しい国」を実現するには、その基盤として、活力に満ちた経済、豊かさを実感できる社会の実現が不可欠である。人口減少社会を迎える中にあっても、革新的な技術、製品、サービスが次から次へと生み出され、それが日本のみならず、世界の人々に受け入れられ、その結果、我が国の経済や社会の活力が生み出されることにより、国民が未来に明るい夢や希望を持ち、安心して生活できる社会を実現することができる。また、人類の持続可能性への脅威となっている環境、エネルギー、水、食料、感染症等地球規模の課題の解決にも、科学技術、外交等における戦略的な取組が強く求められている。
長期戦略指針「イノベーション25」は、2025年までを視野に入れ、豊かで希望に溢れる日本の未来をどのように実現していくか、そのための研究開発、社会制度の改革、人材の育成等短期、中長期にわたって取り組むべき政策を示したものである。
イノベーションとは、技術の革新にとどまらず、これまでとは全く違った新たな考え方、仕組みを取り入れて、新たな価値を生み出し、社会的に大きな変化を起こすことである。このためには、従来の発想、仕組みの延長線上での取組では不十分であるとともに、基盤となる人の能力が最大限に発揮できる環境づくりが最も大切であるといっても過言ではない。そして、政府の取組のみならず、民間部門の取組、さらには国民一人ひとりの価値観の大転換も必要となる。
したがって、イノベーションの創出・促進に関する政策は、従来の政府主導による「個別産業育成型」、「政府牽引型」から、国民一人ひとりの自由な発想と意欲的・挑戦的な取組を支援する「環境整備型」へと考え方を大きく転換していかねばならない。
また、イノベーションの本質が既存の仕組みを大きく変えるものであることから、その担い手についても、既存の組織、体制だけを前提として考えるのではなく、ベンチャー企業、中小企業、さらにはNPO(非営利団体)、社会起業家等のより多種多様な担い手がイノベーション創出に向けた活動を展開し、その創出により深く関わっていけるような社会にしていかねばならない。
世界各国が競ってイノベーション政策の推進に注力している背景に、地球温暖化問題への対応等の地球的課題の存在があることも忘れてはならない。20世紀型の経済発展の手法では21世紀の今日、もはや地球の持続可能性を脅かす課題への適切な対応が困難になってきており、この点においても従来とは異なる新たな取組が求められているのである。
力強いイノベーションが起こるよう国の形を変えることに対して、国民の合意を得ていくための道のりは険しく、様々な困難も予想される。したがって、政府は目指すべき日本の未来像を国民と共有し、喫緊の課題から目をそらすことなく、その実現に向けて一丸となって、あらゆる努力をしていくことが必要である。
また、イノベーションは、予期せぬ創造的破壊でもあり、政策の実行に当たっては、常に柔軟な見直しを含むPDCA(Plan(計画)→ Do(実行)→ Check(評価)→ Action(改善))サイクルを機能させていくことが重要である。
長期戦略指針「イノベーション25」では、その特質を踏まえ、以下の5点を基本的な考え方とした。
- 未来に向けての高い目標設定と挑戦
- グローバル化と情報化の進展への的確な対応
- 生活者の視点の重視
- 多様性を備えた変化と可能性に富む社会への変革
- 「出る杭」を伸ばす等人材育成が最重要
1.未来に向けての高い目標設定と挑戦
かつて、有名な科学者が「空気より重いものは空を飛ぶことは不可能である」と言ったわずか8年後の1903年に人類の初飛行が実現している。また、コンピュータが発明された当初は、今のパソコンのような優れた性能は必要とされないだろうと考えられていたが、半導体技術の急速な進歩が小型で高速大容量のメモリを可能とし、小型のパソコンがかつての大型計算機以上の性能を発揮し、また初期の計算機能よりも電子メール、情報検索等ネットワークの手段として利用されるようになってきた。
これまでの歴史に共通しているのは、その出発点には、「一見不可能とも思える高い目標」、「困難に立ち向かいそれを現実のものにしようとするチャレンジ精神旺盛な人」、そして「高い志を持った人たち」が存在していたことである。その目標に向かった様々な挑戦、数々の失敗、そして成功の女神が微笑む幸運によって、大きな飛躍がもたらされてきた。成功の裏には、単に科学的発見や技術の革新にとどまらず、それらが時代とともに融合し、社会制度の変革を要求し、その結果また次の展開が生まれるという過程が存在する。その繰り返しが、今日の我々の社会を形作ってきたのである。
常識にとらわれることなく、高い目標を設定しそれに果敢に挑戦すること、チャレンジ精神の芽を摘み取らないことこそが、我が国を「イノベーションが絶え間なく起こる国」にする上で最も重要である。
2.グローバル化と情報化の進展への的確な対応
21世紀の世界の課題は明らかに人口の更なる増加であり、地球温暖化、環境劣化であり、南北格差の拡大であろう。これらは地域のみならず地球規模の課題である。21世紀の世界は、冷戦後の経済のグローバル化と新たな平和の枠組みへの模索の中で、日本、米国、EU等の先進国、また近年経済成長が著しい新興国、アジア、中東、アフリカ等、それぞれが地域的な課題を抱えつつ、相互に大きな影響を与え合う世界へと変化している。このグローバル化の流れは後戻りすることはない。さらに、情報化の革命的な進展が産業、経済、金融、教育等の様々な面において、人々の考え方、価値観、社会の在り方を大きく変えつつある。
このような背景の下、経済成長へのシーズをもたらす科学技術分野における国際的な競争はますます激しくなっている。この数年、世界各国で技術革新を原動力としたイノベーションの重要性に対する認識が急速に高まっている。科学技術の成果をできるだけ速やかに国内外の市場へ届け、経済的価値、社会的価値への転換につなげることの重要性が広く認識されているからに他ならない。基礎研究の成果、開発研究の成果、発明等だけでは、経済的価値、社会的価値の転換には不十分であり、様々な知が融合し新たな価値を生むための場の形成が極めて重要である。
また、イノベーションの源泉は頭脳であり、優れた頭脳こそ21世紀の最大の資源であるとの認識の下、世界はいわば頭脳獲得競争の時代に入っている。 大学も、企業も、そしてこれらが存在する地域社会も、自発的にこのような世界の潮流を受け止め、優秀な人材の受け入れ態勢を早急に構築していかなければ、将来を担う優秀な人材を呼び込むことはできない。多様な人材、才能、異能と日常的に接する機会が増えることは、日本の若者の目標を広い世界に向け、多様な文化や才能を認める感性を育み、多くの才能を開花させる可能性を増やす。
また、変化の速い時代にあっては、世界を見据えた俯瞰的なものの見方に立った決断と実行のスピードがイノベーション創出のための大切な条件となっている。
我が国は、過去100年以上にわたり、米国、西欧との間で、経済、外交、科学技術等で緊密な関係を築いてきている。一方、我が国は、元来は東アジアに位置する島国であり、アジア諸国との歴史的、地政的な関係が深い。巨大な人口を抱える中国、インドが急速に成長する等、そのアジア諸国が大きく変貌しつつあることを、グローバル化の中で日本の舵取りをする上で忘れてはならない。また、20世紀後半50年の日本の経済成長の背景には、優れたものづくり力、高い品質へのこだわり等の強みとなる特性が存在しているが、21世紀の日本の進路を開いていくためには、これまでの我が国の特質の一面であった閉鎖的で国際的視点の弱さ、組織中心で個人としての能力発揮が不十分等の特性は弱みとして認識される。日本の強みと弱みを戦略的に考えていくことが、国際的な競争の激しい時代においては特に求められる。
この数年間の日本の景気回復は、アジアと米国の経済成長に負うところも大きく、各企業が本格的な構造改革と国際市場経済での競争力を高める不断の努力を怠れば、我が国の優位性を保つことは不可能である。グローバル時代には、起業家精神の絶え間ない、スピードをもった発揮が重要である。また、企業も、目に見えるモノを主力にした企業価値の追求から、企業統治、高い透明性、サービス、社会貢献等の目に見えない価値の追求に、急速に活動の軸足を移しつつある。
3.生活者の視点の重視
イノベーションの成果は、市場に届けられ生活者の満足を高めて、初めてその価値を生み出す。これまでにない優れた技術やサービスであっても、生活者、市場に受け入れられなければ、その価値は発揮できない。
従来、技術革新は、物質的な充足、利便性の追求を主としたものであった。これからは技術革新の恩恵が国民一人ひとりの切実な願いを叶え、ハンディを負っている人々にも届けられることを目指していくべきである。生活者である納税者の理解と支持を得ずして、イノベーションを持続させることは不可能だからである。常に自分たちの「強み」と「弱み」を認識しながら、生活者のニーズを意識しつつ、経済的価値と社会的価値の創造を戦略的に進めることが重要である。
情報化の進展によって、これまでとは比較にならないくらい個々の生活者に力が与えられ、人々の知恵が社会の多くの局面に影響を与えつつある。また、ニーズの多様化を受けて、供給側は、生活者のニーズを探り、掘り起し、先取りしていくことにより需要側のニーズに応えていくという、いわば需要側が牽引する仕組みがイノベーションを起こしていく。これが新しいイノベーションの真髄のひとつである。
また、基本的にイノベーションは、既存の出来上がった組織、価値の「創造的破壊」であり、革新的なものである。したがって、はじめは小さな隙間市場(ニッチ)を形成する。イノベーションは、この隙間を早く広く国内外の市場に拡大し、既存の企業や社会体制を大きく変え、創造的に破壊していく過程でもある。
日本には自然資源が少なく、「もったいない」という精神が経験的に培われてきた。この精神が、技術、製品、サービス等で世界最先端のものを生み出す原動力となってきた。この生活者の持つ大きな価値軸を全ての局面でさらに活かし、日本の強さを、強い製品を、強いサービスを、特にアジアを中心にしてさらに巨大化しつつある世界市場に積極的に拡大していくべきであろう。このような技術力は日本の科学技術と産業や社会の大きな成果なのである。このような国際貢献は日本の経済的利益以上に国際社会での日本の信頼と存在を高めるものである。
4.多様性を備えた変化と可能性に富む社会への変革
多くの発見、発明は大学や研究所等で生まれる。これが科学技術への投資が期待される所以である。
しかし、研究開発の成果が、社会・国民に十分に還元されてこなかったという指摘もある。創造性豊かな新しい先端的な知は、思いがけないところで、思いがけない発想から往々にして生まれる。「異」(異能、異端)が大事なのである。
ノーベル賞受賞者たちの業績や、社会を大きく変革させた人たちが育ってきた背景を見てみると、多くのケースにおいて、その時代の「異」、「出る杭」が出やすく、伸びやすい社会的条件や環境を見て取ることができる。「異」を抑えない、いろいろな「異」がぶつかる機会が多い環境を構築する必要がある。
生活者のニーズを開拓しながら、研究や発明、発想のシーズの意味を理解し、改良し、他の技術や発想と組み合わせ、資金を獲得し、事業化し、研究の成果を早く、社会や生活者に届けるのは、必ずしも科学者の得意とするところではない。いろいろな異能の人たちの適切な融合を生みやすい環境が、イノベ−ションを生みやすい「場」として多くの人をひきつける。その時々にふさわしい適切なチームや組み合わせを作れる環境づくりこそが重要である。
グローバル時代にあっては、「生活者」、「社会」といっても日本だけではない。国境、国籍を問わない多様な組み合わせにも対応でき、そのような多様な人々の融合の場を作っていくことが大切な条件である。強みを伸ばし、弱みは補完し、最適化の条件は何かを考え、大学、研究所、企業、投資財源、人材等について吟味し、政府と各主体がそれぞれに必要な改革を早急に実現する必要がある。
これからの時代においては、変化と可能性に富んだ社会へ変革していくためには、科学的根拠に基本をおいた政策研究と、そのような社会へと誘導する適正な複数の政策の立案と選択肢の提示、思い切った選択と集中の考え方に基づく政策判断と実行が必要である。国家政策も、企業戦略も、国際的に信頼が得られ、科学的根拠に立脚し、前例主義を排したものでなくてはならない。独立した政策立案機関、各種シンクタンク、科学者コミュ二テイ等の複数の見解を適切に活用し、透明性高く、政策を決定し遂行していくことが重要である。
また、失敗を次の再チャレンジへの機会として捕らえることのできる社会環境も重要である。変化と可能性に富む社会への変革は、挑戦、再チャレンジを許容し、奨励するような価値観の変革も伴う政策として推進すべきである。
5.「出る杭」を伸ばす等人材育成が最重要
どの組織も社会も政治も、すべて「人」が考え、計画し、実行する。したがってどのような人を、どのように育てていくのかにイノベーション政策の基本がある。
言うまでもなく人材育成の拠点は大学であり、従前、画一的な偏差値偏重になりがちであるとの指摘もあった大学入試は、高等学校のみならず教育全体に大きな影響を及ぼしている。このため、選抜方法の多様化や評価尺度の多元化を進める等、個性的で特色のある入試を行うような取組がみられる。今後、多様な能力を備えた「出る杭」を伸ばす観点からも、さらに一層入学者選抜の内容・方法の改善を図ることはもとより、抜本的な大学改革を推進していくことが重要である。また、高等教育についての日本人の選択肢は何も日本の中に限って考えることはない。むしろ異質な価値観や文化との接触を推進することは、日本人であることの意識を高め、異文化の理解や許容をもった多様な発想ができる人づくりの大切な要件である。
若いときからの国際交流経験、いわば他流試合の機会が増えれば増えるほど、世界に広く開かれた、オープンな日本が実現できる。既存の枠、常識にとらわれない、多くの価値観から生まれる高い志を持つ多様な背景の若者たちが切磋琢磨する場として開かれた大学こそが人材育成には極めて重要であり、大学院や研究所には、高い国際性が求められる。
2025年に向けて、気候変動、資源・エネルギー、水、食料、人口増加、貧困、人間の安全保障等、世界的課題が顕在化する中、急成長するアジアにある日本はどのような国になろうとするのか、また世界に対して日本はどんな国でありたいのか、どのような貢献が出来るのかを我々が自ら描くことが必要である。そのためにも、従来の発想にとらわれない創造性に富んだ人材を創りだしていくことが最も重要な課題である。
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