伊野辺家の1日

この「伊野辺家の1日」は、中間とりまとめ本編(PDF形式:680KB)PDFを別ウィンドウで開きますの「IV.イノベーションで拓く2025年の日本」(p.37~p.50)を基に、約20年後の家庭の風景をイメージするものとして、物語風にとりまとめたものである。

2025年2月5日

家族構成

祖父:一郎(77歳)

元中小企業経営者。10年前に経営権を、工学博士号を持つ若手従業員に譲渡。その後、地元大学で1年間、ナノテクノロジー講座を受講。かつての「ものづくり」技能と最新の科学技術動向に関する知識をベースに、現在は週15時間程度、地域の小中学校、高校、大学(1年生対象)で講義を行っている。

祖母:正子(74歳)

結婚以来、夫の会社の経理事務を手伝っていた。夫が会社を辞めてからは、趣味のフラワーアレンジメントを楽しむ傍ら、若者達が中心で運営している地域で各種イベントを実行するボランティアサークル活動に熱心に参加している。

父:直之(50歳)

大学卒業後、大企業に就職したが、自分の研究成果を生かすべく20年前に退社し、インターネットサークルで知り合った友人らとベンチャー企業を設立。商品開発戦略上の問題により、3年間で同事業は失敗。その後、彼の技術を評価する資金供給者の出現と過去の失敗から得た教訓を生かす彼の努力もあって、新たなベンチャー企業を立ち上げ、現在急成長中。

母:由美子(51歳)

インテリア関係の会社に在職していた25年前に、父直之と結婚。3年後に長男大輝、8年後に長女美咲を出産するが、出産・育児支援制度活用と会社のテレワーク制度活用により、現在まで勤続中。

長男:大輝(22歳)

現在、大学4年生。来年の大学院進学に関して思案中。

長女:美咲(17歳)

昨年より、交換留学生制度を活用して北京の高校に留学中。

弟?イノベー(5歳)

ロボット(2代目)。小学生くらいの大きさだが、ホームネットワーク、地域ネットワークといつも連絡を取り合っている優れもの。会話能力もなかなかのもの。名付け親は父直之で、名前の由来は「イノベーション」だとか・・・。

06:30

一郎、正子が起床。
 少ししてから、自分たちの部屋の26インチディスプレイ(20年前の卓上薄型TVのような形)で「今日の健康状態」を見る。睡眠時を含め家庭内での生活状態から簡単な健康チェックがコンピュータで行われているのだ。画面には、各種データが示された後「今日も良好です」の表示。
 コンピュータには個人の遺伝子情報も入っているので、体調不良で投薬が必要な場合には、初期段階で個人に合った薬を指示してくれるので安心だ。このシステムのおかげで最近では滅多にお世話にならないが、少し症状が重かったり、どうしても医師に相談したい場合には、専門医の診断を(20年前の言葉でいえば)TV電話風に受ける事も出来る。
医師側と家庭側の諸データも両者のコンピュータがつながっているので、極めて的確かつ信頼できる診断だ。

07:00

イノベ家の朝の団らんのひと時

直之、由美子、大輝らも起きてきて、家族全員が居間で朝の団欒のひと時。
壁には103インチの大型ディスプレイ。分割画面と専用ヘッドホンで各人が好きな映像(TV、インターネット、等)を見る事が可能だが、今日は美咲が留学している北京のTV放送を皆で見ながら談笑している。

08:00

直之が会社でくつろぐ様子

直之が出勤。
 バス、電車を利用して自宅からオフィスに向かう。テレワーク制度の普及、フレックスタイム制(20年前にはこう呼ばれていた)の普及等により、通勤に伴う過密な人の移動がなくなったおかげで、バスも電車も座って乗れる。直之の会社の社員の半分は自宅で仕事をしている。かつて勤めていた大企業でも3割がテレワーク対象者らしい。
「かつての通勤地獄がまるで嘘のようだ」そんな事を考えながら、昔の週刊誌を読むように携帯フレキシブル・ディスプレイに映し出されるニュースを読む。
 ニュースは、九州地域の豪雨の状況を伝えている。洪水、土砂崩れなどが発生しているようだが、危険地域に張り巡らされたセンサネットワークと住民への緊急情報システムによって、十分な時間的余裕をもって避難することができるので、犠牲者はゼロだという。ここ10年以内に建てられた建造物では、倒壊したものはないという。
 ちなみに、伊野辺家は長期耐用可能な技術により作られた住宅で、200年も持つと言われている。地震などの自然災害にも強く、建物の倒壊実験では、震度7でも倒壊しない。
 地震の際にも、地震の揺れを自然に察知し、各種インフラや家電製品などがネットワーク化して二次災害を防止するシステムが作動するので、安心だ。
バスは、バッテリー充電型の電気自動車だ。今では公共交通機関としてのバスはすべてこのタイプか燃料電池車になっている。
 また、最近、人工光合成技術などにより、CO2をエネルギー源として走る自動車が開発されて、実用化が期待されている。
 道路も極めてスムーズな流れ。全国的には未整備なところも一部残されているらしいが、直之の通勤経路地域はITS(高度道路交通システム)が整備されており、3年連続で交通事故ゼロを達成している。

09:00

祖父の一郎が、電気自転車で出勤。
 電池技術の進歩で電気自転車の機能が進化したことと、自転車専用レーンが作られたことで、自転車通勤は大ブームになっている。地球にやさしく、健康にいいのが人気の秘密だと言われている。
 「20年前に比べて、格段に排気ガスが減り、沿道に緑が多いので、まるでサイクリングを楽しんでいるようだ」と、一郎は通勤しながら感じるのだった。自宅から10キロ圏内ならば、一郎の年齢でも楽々通勤可能である。
 また、自動車と道路の高度情報化・ネットワーク化の進展により、衝突の自動回避や自動運転が普及しており、自転車で走行する際にひやっとするようなこともなくなった。
 ちなみに、電池技術の進歩は、電気自動車の普及や各種新型携帯機器の実現等をもたらしている。日本はこの分野で世界一の技術力を持ち、世界にたくさんの製品やサービスを提供している。

10:00

 一郎が地元の高校で「ものづくり」の授業を行っている。
 バーチャルリアリティを用いた教材も使って、生徒たちに体感してもらいながら、日本の「ものづくり」の素晴らしさを伝えている。最近は、小学校の時からこうした授業を受けてきているせいか、目を輝かして生徒たちが自分の話を聞いてくれるのが何より嬉しい。
 ちなみに、レベルは勿論異なるが、同じような話を小学校、中学校でもしているが、大企業、中小企業を問わず現役の研究者や技術者が数多く学校の教壇に立っており、一郎はその中の最年長者である。
 統計によれば、職種、就業形態は異なるものの、一郎の同世代の約2割が現役で活躍中らしい。

12:30

大学のカフェテラスの様子

大学のカフェテラスで、大輝が友人らと昼食をとっている。
10人近い仲間の内、日本人は大輝を入れて3人だけで、他は欧米、アジア、中南米、中東、アフリカからの留学生。大学院まで含めると、大輝の通っている大学は、教員も学生も日本人は約半分だそうだ。
外国の若者に人気なのは、環境教育だそうだ。日本で学んだ知識を活かして、母国の環境経済の実現に貢献しているケースが多い。
今日の話題は、大輝の留学問題。大輝は高校時代にアメリカに留学しているが、大学院を日本、米国、中国のどこにするかで悩んでいる。

14:00

祖母の正子は、フラワー教室。
 自宅から徒歩で30分位かかるが、よい散歩だと思って正子はいつも歩いて通っている。
 ウェアラブル(身体装着型)端末機器を時計のバンド代わりに使っているが、この端末機器のおかげで、年齢を重ねても安心してどこへでも出かけられる。込み入った街路区域では、道路などに埋設されたセンサが自分の存在を車の運転手に伝えてくれるし、突然倒れるような事態に陥った場合には、緊急医療ネットワークに自動的に通報される仕組みだ。
 正子は、10年前にアルツハイマー病を発症したが、昔と違って早期発見が可能となった事、病気の進行を抑制する医療技術の進歩、副作用のない個人の体質に合ったアルツハイマー改善薬の出現などで、今では普通の健康人と同様の生活が出来るようになっている。
 聞くところによれば、大学発ベンチャー企業と大手製薬企業が共同研究をしていたアルツハイマー病を完治させる薬の製品化に目途がついたらしい。その薬が世に出れば、自分だけではなく世界中の人々にとって大変な朗報だと正子は思う。
 そういえば、フラワー教室で友人になった芙美子さんも、5年前にガンが発見されたが、早期に発見されたおかげで、手術をしないで薬で完治したらしい。
 ウェアラブル端末機器だが、緊急防犯ネットワークにもつながっていて、先日も近所の小学生が不審な男に連れ去られようとしていた際、アラーム通報に接した地域住民の連係プレーで、警察が駆けつける前に犯人を取り押さえたことがあった。まあ、捕まえてみたら、それほど凶悪な犯罪を企図していたわけではなかったらしいが。
 いずれにせよ、こうしたシステムのおかげで、日本の犯罪率は世界一低いらしい。正子は、時々ふと思うことがある、「自分が子供の頃も、外で暗くなるまで遊んでいても安全だった。直之が子供の頃は、心配の種が尽きなかった。今また、こんなに安全に安心して暮らせる日本にいて、自分は幸せだ」。

16:00

 正子は、帰宅途中、由美子から頼まれていた今日の夕食の食材を購入するため、スーパーマーケットに立ち寄る。
 買い物は、自宅の端末から発注して宅配サービスを受けることもできるのだが、少々割高になるし、世界中の産品が集まるスーパーマーケットを歩いて廻るひと時は、正子にとっての楽しみでもある。
 欲しいものを手に取り、ウェアラブル端末を近づければ、生産履歴がチェックできる。生鮮食品の鮮度がわかる鮮度検査器も売り場に設置されている。孫の大輝はアレルギー体質だが、アレルゲン計測技術に基づいたアレルギーを起こさない食品の製造技術も確立しており、安心して食品を購入できる。
 また、支払いは、購入した商品を専用籠に入れ、出口専用ゲートを通過するだけでOK。籠に商品の一覧や合計金額が表示されるので、買い忘れや買い過ぎも一目瞭然。決済は、商品に付いている電子タグ情報を読み取り、オンラインで正子の口座から引き落とされる仕組みだ。これにより、一昔前のレジでの大行列は、今では嘘のようである。
 今日はまだ使っていないが、デパート等での買い物の際はカードで済ませる。かつてのクレジットカードとは違い、このカード1枚でおよそ日本国内であれば交通機関の料金支払い、ショッピングなど、すべての支払いが可能である。
 この日本発の技術・システムは、国際標準化されているので、海外でも、空港、ホテル、交通機関、その他主だった店舗では使用可能である。昨年、一郎と欧州旅行に出かけた時も、このカード1枚ですべての用が足りた。一郎は、カードだと紛失するからと、携帯端末機器でこのカードの代用をしている。
 ちなみに、このカードや携帯端末機器は、他人は使えないようになっているが、これは、暗号技術、個人認証技術の進歩によって実現されているとの事。
正子は、今年になってから、まだ一度も現金を見ていない。20年前、自分はともかく、夫の財布の中に紙幣、硬貨、多数のカードが詰まっていたのが懐かしくもあるが、今だとあんな財布を持っているだけでいろいろ不安になるなあ、などと思ってしまう。
 カードのほかにも、旅行の時に役立ったものがある。高度自動翻訳機能を備えたヘッドホンだ。外国語が話せない正子も、このヘッドホンのおかげで、1人で買い物を思う存分楽しめた。現地の人との交流にも随分と役に立ってくれた。
 時速500キロ超のリニアモーターカーの車内で友達になったインド人の夫婦とは、今でも月に何度か連絡を取り合っている。

17:00

ロボットと会話をしている様子

 仕事部屋でテレワーク勤務を終えた由美子が、イノベーと会話をしている。「掃除は終わった?何か連絡は?お風呂の準備はどうだっけ?」
 イノベーが答えている。「掃除は、ママの仕事部屋以外は終わったよ。おじいちゃんは18時頃帰宅、おばあちゃんは17時頃帰宅とさっき連絡があったから、もうそろそろ帰ってくるんじゃない。お風呂は、18時頃に準備しようと思っているよ。パパは、さっき19時頃に帰ってくるって言ってたよ。」
 今のイノベーは、人工頭脳技術の進歩により、先代イノベーよりはるかに学習能力も高く、今や普通の日常会話は難なくこなすようになっている。
 ロボティクスネットワークシステムにより、家庭内の色々な機器(お掃除ロボも含む)、自動車(マイカー)ともつながっており、いわば伊野辺家の頭脳である。
 伊野辺家の超小型自動車、正子のウェアラブル端末機器、買い物へ行くときに付いていく自走式キャリーカートともつながって、移動中の話し相手にもなっている。
 ご近所には、家庭用ロボットのリース・サービスを利用しているお宅も多いが、イノベーは、思い切って新機種発売の時に買ったものだ。
 由美子は、「2人の子どもを育てながら、存分にキャリアを積んでこられたのも、大輝が生まれた頃から本格化した家族応援政策推進のお陰だ」と思っている。
 当時は、テレワークをしたくても職場のIT投資は道半ばで、自前のパソコンを使っていた。セキュリティ上の不安もあって、自宅から職場のデータを利用することは許されていなかった。労働時間のカウントができないという理由で、先代の社長は社員の自宅勤務に難色を示していたものだった。しかし、美咲を出産する頃には、成果主義の労働評価方法も確立し、個人認証システムやセキュアなネット環境も構築されていたから、育児休業中も会社の最新情報をカバーできたし、美咲が昼寝をしている時間帯には、仕事に参加して育児休業給付以外にお小遣いを稼ぐこともできた。
 現在の伊野辺家は200平米の一戸建てだが、子どもたちが小さい頃は、2,000世帯が入居するタワー型コンドミニアムで生活していた。政府が「コンパクトシティ化」を進めた頃で、一定規模の集合住宅群には、託児施設、医療機関、学校などの設置が義務付けられ、子どもたちの通学途中の事故を心配することもなかった。
高層ビルが増えたものの、通水性が高く植物が育つコンクリート等を活用して緑が多い快適な都市空間が実現している。美咲が小学生だった頃には、タワー型コンドミニアム内の共有スペースで田植えを経験させてやることもできた。
 ディベロッパーが都心部で新たな開発権(クレジット)を得るには、緑地整備が義務付けられるようになったので、由美子の子ども時代よりも緑地面積は増えたほどだ。

18:00

直之が帰宅しようとしていると、若手研究者が出勤してきた。
 彼女は、最近子どもが生まれたばかりで、夫と交替で子どもの世話をしながら働いている。テレワーク制度とフレックスタイム制度をうまく活用して、仕事と家事の両立を図っている。
 また、直之の会社では、プロ意識を持ってもらうために、社員全員に年俸制を導入している。勤務時間や勤続年数を重視するのではなく、何に挑戦しどんな結果になったのかを評価する仕組みを導入している。
イノベーティブな仕事には欠かせない柔軟な発想には、仕事以外のことや家族と過ごす時間も大切だ。直之も、急ぎの仕事がなければ早く帰って、家族との団欒を楽しむようにしている。

19:00

一家5人で夕食。
 夕食の仕度は、正子、由美子、直之の当番制になっており(大輝も料理はするが、味の評判がいまひとつで、当番から外されているらしい)、今日は直之の手料理だ。
 大輝が「ロボットが月旅行に成功!」というニュースを見て、慌てて103インチディスプレイを操作して、このニュースを表示する。
 ロボットが行った観測作業の映像が、画面に鮮明に映し出される。青くて美しい地球が輝いて見える。いつまでも、美しい地球であってほしいものだ。大輝は「自分も宇宙旅行に行って、地球をこの目でみてみたい」と思った。

20:00

北京の美咲から連絡が入る。
 大輝が多機能携帯端末機器のパネルを操作すると、壁掛け103インチディスプレイに元気な美咲の姿が映し出された。美咲の周りには、高校のクラスメートらしき男女の若者達が数人、楽しそうに中国語でおしゃべりしている。
 中国人の友人達が、それぞれ中国語で美咲の家族に話しかけてきた。ディスプレイ上に日本語字幕が表示されるとともに、日本語同時通訳の音声が流れている。この自動翻訳機能は、携帯端末機器にも備わっていて、昨年の欧州旅行の際にも大活躍だった。
 友人の1人、リー君の実家は、中国内陸部で農業を営んでいるとの事。かつては広大な砂漠地帯で、農作物などできなかったが、日本のバイオテクノロジー(遺伝子組み換え食物の安全性評価も含む)のおかげで、砂漠緑化も進みつつあるし、耐砂漠性農作物も作れるようになったとの事。
 ちなみに、同地域の生活用・灌漑用・農業用等すべての電力は、日本と中国の合弁企業による太陽光発電によってまかなわれているとの事。現在、さらにこの発電規模を大きくして、超電導ケーブルによる中国沿岸部都市地域への一大送電計画が進行中らしい。
 リー君は、誇らしげに地元の話をしながら、自分も大学卒業後はエネルギー関係の仕事に従事し、中国を日本のような環境保全と経済発展が調和した国にしたいと、夢を語ってくれた。
 リー君は、美咲の話から興味を持ったデジタルアーカイブ化された日本の文化・芸能・アニメを通して、日本のことをよく知っているようだ。

23:00

それぞれ就寝の床につく。
 居間や寝室は、壁面照明(20年前の蛍光灯からLEDに切り替わり、最近では人を癒す光を発するようなものや大容量通信ができるものもあって、複数の新素材が使われているらしい)となっており、人の存在の有無、活動状況等によって明るさは自動調節されている。
 照明に限らず、家庭内でのエネルギー使用に関しては、世界最高レベルの省エネルギーシステムが導入されており(これも国際標準化が進み、世界中で採用されつつあるらしいが)、都市部での大規模省エネルギーシステムの導入と合わせて、国民1人当たりの民生用エネルギー消費は、20年前の半分以下まで下がってきている、との事。
 ちなみに、世界レベルでみても、太陽エネルギー等新エネルギーの普及、原子力発電の定着、省エネルギーの進展、その他諸々の取組によって大気中の二酸化炭素の増加はストップしている。