内閣府 Cabinet Office, Government of Japan

内閣府ホーム  >  内閣府の政策  >  地方分権改革  >  分権クローズアップコーナー  >  分権クローズアップ[有識者へのインタビュー]  >  第5回 中井検裕氏インタビュー(その2)

分権クローズアップ[有識者へのインタビュー] 第5回 中井検裕氏インタビュー(その2)

分権クローズアップコーナーでは、地方分権改革に関する様々な記事を掲載してまいります。第5回は、東京工業大学大学院社会理工学研究科 中井教授にお伺いしたまちづくりと地方分権についての記事を4回に分けて掲載します。今回はその2となります。

中井教授は、東京工業大学において都市計画等を専門として研究されており、国土交通省社会資本整備審議会都市計画部会部会長などを務められています。

(注)なお、本記事は、平成25年10月11日に開催された第6回地方分権改革有識者会議におけるヒアリングを基に、インタビュー形式に再編集したものです。 

東京工業大学大学院社会理工学研究科 中井教授

 

なかい・のりひろ/大阪府生まれ。東京工業大学工学部社会工学科卒。1986年東京工業大学大学院理工学研究科社会工学専攻博士課程満期退学。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス地理学科助手、東京大学教養学部社会科学科助手を経て、1992年明海大学不動産学部助教授。東京工業大学工学部助教授、東京工業大学大学院社会理工学研究科助教授を経て、2002年から東京工業大学大学院社会理工学研究科教授。

―――分権が進んだことによって深刻化した課題についてお聞かせください。

中井:分権が進んできたことによって逆に深刻化した問題は、「広域調整の不在」ということです。
背景として、個別の市町村はとても大事な地域の単位ではあるのですが、複数の市町村が集まった、いわゆる都市圏の土地利用計画の重要性が昨今増してきていることがあげられます。
まず、特にこれは地方都市でということになりますが、モータリゼーションが非常に発達したことで生活圏がかなり広域化し、一市町村を超えて生活圏を形成されているところが非常に多くなっているということがあります。
また、土地利用ということでは、一市町村を超える影響を有するようなかなりの大型施設が登場してきました。典型的には大規模集客施設です。
さらに、人口減少は、地方ではかなり顕在化しておりますが、そういった中では経済・社会・環境、いずれの持続可能性の観点からも、一つの市町村ではなくて複数の市町村が集まった都市圏という単位で考えていくということが非常に重要になってきているということがあります。例えば経済競争力をどうやって維持し向上させていくのかというのは日本の都市の抱えている非常に大きな課題ですが、これも一つの市町村というよりは、都市圏で対応すべき時代に来ていると考えています。
本来は、市町村合併で対応するということが考えられていたわけですが、現実には市町村合併が中途半端に終わってしまいました。
また、市町村というのは、こういった行政サービスの単位であると同時に、文化や、地域の持っている伝統などの単位でもあるので、合併すればいいというわけでもないでしょう。
そういった状況下で、地方分権が進めば進むほど、広域調整が行われていないことによる問題が非常に深刻化してきています。
事例で御紹介いたしますが、次の図は先ほど「その1」で取り上げた甲府盆地です(図2参照)。
赤いところが市街地で、いわゆる建物が比較的集積して建っている部分です。明治43年と昭和27年を見ていただくと、基本的にはほとんど変わっておりません。したがって、この間はほとんど市街化といっても、旧村落、集落の中に非常にまとまっていました。昭和47年にかけては、黄緑色の部分が市街化された部分です。真ん中の甲府を中心に市街化が外に進んでおりますが、よく御覧いただくと、少し固まりで市街化が進んでいるところがありまして、これは中央線の駅の周辺です。すなわち、勝沼、塩山、山梨、石和、甲府、韮崎といったあたりです。したがって、昭和27年から47年頃までは、市街化、郊外化は進んでいますが、あくまでも鉄道を中心とした市街地構造を保っていたということです。しかし、その後の平成10年までの間に新たに市街化したところは主に水色の部分になりますが、ここは完全に鉄道等ではなくて自動車による郊外化、市街化の広がりということで、全方向に極めて低密度な市街地が広がっていき、結果として盆地の中が一体化してきている状況にあります。

図2は、4つの甲府盆地が掲載されています。1つ目は、昭和27年ごろ、2つ目は、昭和43年ごろ、3つ目は、昭和47年ごろ、4つ目は、平成10年ごろです。
赤いところが市街地で、建物が比較的集積して建っている部分です。
明治43年と昭和27年は、基本的にはほとんど変わっていない。したがって、この間はほとんど市街化といっても、旧村落、集落の中に非常にまとまっていました。
昭和47年にかけては、黄緑色の部分が市街化された部分です。真ん中の甲府を中心に市街化が外に進んでおりますが、少し固まりで市街化が進んでいるところがありまして、これは中央線の駅の周辺です。
すなわち、勝沼、塩山、山梨、石和、甲府、韮崎といったあたりです。したがって、昭和27年から47年頃までは、市街化、郊外化は進んでいますが、あくまでも鉄道を中心とした市街地構造を保っていました。
しかし、その後の平成10年までの間に新たに市街化したところは主に水色の部分になりますが、ここは完全に鉄道等ではなくて自動車による郊外化、市街化の広がりということで、全方向に極めて低密度な市街地が広がっていき、結果として盆地の中が一体化してきている状況です。

図2 (こちらをクリックすると拡大表示します。)

 

次の図は山梨県の通勤圏と商圏の図です(図3及び図4参照)。
この部分が甲府盆地に当たりますけれども、甲府盆地は10%以上で見ますと平成12年段階で一つの通勤圏ということになります。したがって、基本的には都市圏としては一体化した存在と考えてもいい状況です。
商圏は大型店ができるとそこを中心に変化してまいりますが、やはり盆地の中の広域化が進んでいます。

図3:山梨県の通勤圏 甲府盆地の図。15歳以上就業者の10%以上で見ると平成12年段階で一つの通勤圏ということになる。
基本的には都市圏としては一体化した存在と考えてもいい状況になる。

図3 (こちらをクリックすると拡大表示します。)

図4:山梨県の商圏 甲府盆地の図。商圏は大型店ができるとそこを中心に変化している。甲府盆地の中の広域化が進んでいる。 

図4 (こちらをクリックすると拡大表示します。)

 

それに対して市町村合併がどうなったかといいますと、平成15年の合併前の時点では、山梨県には64の市町村がありました(図5参照)。
これは合併後、平成18年で28市町村にまで減りましたが、盆地の中を見ていただきますと、市町村同士のつながりというのには歴史的な要因もあって思うようには合併が進まず、このような形になっている。すなわちまだ盆地の中が一体の市町村、つまり都市圏として一つの地方公共団体の形にはなっていないということです。

図5:山梨県の市町村合併 甲府盆地については、平成15年の合併前の時点では、山梨県には64の市町村があり、市町村合併後、平成18年で28市町村に減少した。
歴史的な要因もあって思うようには合併が進んでいない。甲府盆地の中が一体の市町村、つまり都市圏として一つの地方公共団体の形にはなってはいないことが分かる。

図5 (こちらをクリックすると拡大表示します。)

<< インタビュー(その1)へ

インタビュー(その3)へ >>

インタビュー(その4)へ >>

内閣府 Cabinet Office, Governmentof Japan〒100-8914 東京都千代田区永田町1-6-1
電話番号 03-5253-2111(大代表)